柳橋芸者の意気地(いきじ)
『江戸名所百人美女』「第六天神」
絵師:歌川(三代)豊国
版元:山口屋藤兵衛
形式:大判錦絵
年代:安政5年2月
こま絵:歌川(二代)国久
こま絵「第六天神」は浅草橋と柳橋の北にあって、本作品に描かれる美人はまさにその柳橋芸者と思われます。潰し島田で、中剃りがあり、前髪を短く括って左右に分けており、若いお侠(きゃん)な美人と判断されます。結綿、櫛、簪などの赤色も若さを強調するものです。他方で、帯は宝相華柄のかなり高級そうな品物です。着物は青海波の地紋に白と薄紫(?)の市松模様の小紋で、五三桐の紋が入っています。裾回しには縹色(はなだいろ)という淡い藍色が使われ、その裏地に赤い瓢箪が描かれるという奇抜なデザインです。何よりも気になるのは、美人が左腕に付けている濃紺の腕輪のようなものです。これは腕守りというもので、起請文や神仏のお札が縫い込まれたお守りの一種なのです。芸者筋に流行りましたが、浮世絵では恋人がいることの暗号として使われることが多いと言えます。
こま絵「第六天神」のある「柳橋」の芸者を描くのはもちろん自然なことですが、美人絵の大家・三代豊国がそれだけの趣向で満足するとも思えません。そこで、もう少し深読みをすると、着物の裾の裏地にある、縹色に瓢箪の意匠が注目点となります。すなわち、これは、水に浮かぶ瓢箪を表し、「水に瓢箪」、「瓢箪の川流れ」という言葉があるように、移り気な芸者姿を暗喩していると考えられます。また、着物の青海波の地紋に白と薄紫の市松模様は隅田川の流れと水飛沫を、帯の宝相華柄は河畔に咲く花・柳橋芸者をそれぞれ表現しています。これに腕守りの意味を組み合わせると、隅田川に咲く花・柳橋芸者は、裏に移り気なところもありますが、一人の恋人に誠を尽くす意気地を隠し持っていると読めることになります。浮世「絵」というのは、これだけのメッセージを一瞬にして伝えることができます。
「浮世絵ってすごい!」、「浮世絵師って最高!」と再認識します。
現在、『江戸名所百人美女』を題材に長野県カチャーセンターで浮世絵講座を開催しており、それにあわせて、その内容をブログにも順次アップしていく考えでいます。本作品の解説も改めて詳細に行います。新しい視点での講座報告ができるのではないかと自身でも楽しみです。
*参考文献
『江戸名所図絵5』(ちくま学芸文庫p289)
切絵図『東都淺草繪圖』
*画像は、国立国会図書館所蔵です。
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