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88 王子装束ゑの木大晦日の狐火

安政4年9月(1857)改印
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 本作品は、87-118「王子稲荷の社」と一体となった作品と考えられます。『江戸名所圖會』巻之五(『新訂江戸名所図会5』p181)には、『王子権現縁起』の引用があり、毎年大晦日の夜に、各地の稲荷神の使者(命婦)が、王子稲荷社に集まって来るとあります。その際、灯せる火の連なり(狐火)は松明や蛍の飛翔のようであり、その様子の相違によって明年の豊凶を知ることができるということです。そして、命婦が装束を整える場所に一本の大榎があって、それを描いた図版「装束畠 衣装檟(えのき)」(『新訂江戸名所図会5』p184~p185)の掲載があって、それが江戸百作品の元絵と考えられます。DVD『江戸明治東京重ね作品・王子飛鳥山』にも、「大晦日、関八州ノ狐共二万匹余、来リテ衣装ヲ改ム」と記載される程の名所です。なお、命婦の装束姿は人には見えないということで、江戸百作品でも素の狐の姿のままです。いずれにしろ、江戸百作品は実景図ではなくて、構想図あるいは想像図なのですが、特別視する必要はありません。今までも、どの作品にも絵空事的要素は少なからずあり、表現に味わいを出すものとして有用に使われていました。

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 広重の名所絵は、絵師の目に見えるままに描くものではなく、たとえば、本作品の場合は「王子権現縁起」(装束榎伝説)など見えない世界・物語の舞台として作品表現しているものであって、多くの場合は、その舞台裏の事情はを描かず、作品を見る者が知っていることを前提としているということです。本作品の場合は、極めてまれなことですが、その見えない部分(装束狐伝説)を描き加えているのです。この強力なイメージに引きずられて、前掲「王子稲荷の社」(あるいは後掲「王子不動之瀧」)が安政4年9月改印作品として同時版行されていると解するべきなのです。都下から離れており、年末にかけては客足が落ちる王子稲荷、王子権現辺りの料理屋・酒屋・茶屋などを、本作品の視覚効果によって、大いに盛り上げようという版元的魂胆もあるかもしれません。なお、江戸百の目次では、本作品がシリーズ最後を飾るものとなっています。

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 ちなみに、多くの滝のある王子界隈には、本来、滝を司る女神の霊地があってもおかしくないのですが、稲荷の神とは言え、「王子稲荷の社」に女神(天女)が祀られ、「王子装束ゑの木大晦日の狐火」伝説があって、全国の命婦が集まってくることの背後には、消えてしまった古の記憶が隠されているのではと感じられます。

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