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87 王子稲荷の社

安政4年9月(1857)改印
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 王子界隈の作品としては、すでに09「王子瀧の川」、44「王子音無川堰埭世俗大瀧ト唱」がありましたが、さらに本作品も含め計3点の浮世絵が続き、春夏冬の季節をそれぞれ描き分けています。王子稲荷社は関八州の稲荷の総元締で、除災、開運、商売繁盛の神として有名でした。『絵本江戸土産』4編の図版「王子稲荷社」には、「むかしはこれを岸稲荷といへり 本殿蒼稲魂神(うがのみたまのかみ)也 霊応新なるによりて参詣日々に絶えず」と書き入れられています。江戸土産作品が、「此辺茶屋」(DVD『江戸明治東京重ね作品・王子飛鳥山』参照)とある神社の東入口方向から見上げているのに対して、江戸百作品は視線を反対にとっており、画面左手に鳥居の一部が見え、そこから石段を上がった高台に本殿があります。茶屋などの建物の向こうに梅の花が見えていて、「正一位王子稲荷大明神」の幟が描かれていないのが気になりますが、2月の初午の頃を描いていると思われます。建物のさらに背後は田園風景が広がり、遠方に筑波山が覗いています。

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 『江戸名所圖會』巻之五(『新訂江戸名所図会5』p188)によれば、「月ごとの午の日にはことさら詣人群参す。二月の初午にはその賑はい言ふもさらなり。飛鳥山のあたりより、旗(さか)亭(や)・貨食舗(りようりや)、あるいは丘に対し、あるいは水に臨んで軒端をつらねたり。実にこの地の繁花は都下にゆづらず」とあります。この点を踏まえると、版元的には、初午の画題に引っ掛けて、安政4年9月(1857)改印以後年末に向けて、王子稲荷社周辺の酒屋や料理屋への遊客を誘う宣伝と捉えることが可能です。88「王子装束ゑの木大晦日の狐火」という名作と同時版行なので、合わせて王子界隈の味わいを伝える趣向と推測されます。

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 では、広重の作画意図はどこにあるのでしょうか。1つは、江戸土産作品とは異なった視点で作品を構成することです。もう1つは、同「王子装束ゑの木大晦日の狐火」は決して名所絵の範疇には収まらない想像図なので、「王子稲荷の社」という形で(あるいは89「王子不動之瀧」も含めて)、現実の名所案内作品を描かざるを得なかったのではないでしょうか。「王子稲荷の社」において、王子村の畑野の中に目立つ木立が見えますが、この辺りが「王子装束ゑの木」の実景なのかもしれません(重ね地図参照)。つまり、「王子稲荷の社」と「王子装束ゑの木大晦日の狐火」は対を成し、一方が実景図、他方が想像図と棲み分けながら、合わせて1つの名所絵構成を採っているという理解です。

 なお、稲荷の起源神話に登場する宇迦御魂命(うかのみたまのみこと)は、別名「専女御饌津神(とうめみけつのかみ)」と呼ばれ、その専女の意味するところは老女であり、女神の尊称です。ここに、仏の眷属であり、白狐に乗る天女の姿をする荼枳尼天(だきにてん)が習合されると、私達のよく知る「お稲荷さん」(専女三狐神)が誕生します。したがって、「王子稲荷の社」には、「王子装束ゑの木大晦日の狐火」に描かれているように、全国の稲荷神社から狐の化身の命婦(みようぶ)(命婦は位階を持つ女性)が報礼に集まってくることになるのです。

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