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02 堀江ねこざね

安政3年2月(1856)改印
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 01「玉川堤の花」が『絵本江戸土産』四編に相当する江戸西部から選択されていたのに対して、02「堀江ねこざね」は『絵本江戸土産』初編に相当する江戸東部から選択された作品と見ることができます。両作品を対照すると、広重が江戸百によって採り上げようと意図する名所の東西の大まかな範囲・外縁を知ることができるということです。安政3年2月に版行された5点の作品群は、後述する江戸南北部の作品と合わせて、以後描かれる江戸百の範囲をおおまかに確定する導入部という位置づけです。

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 「堀江ねこざね」が江戸百の最初の作品群の1つに選ばれた理由については、不詳であるとされることが多いのですが、『東都近郊全圖・部分図』(弘化4年・1844)を見てのとおり、堀江も猫実(ねこざね)も行徳領下にあったことを知ることができ、江戸の小網町と行徳の間を結ぶ行徳船の往来が思い浮かび、その河岸場(発着場)周辺の名所として採り上げられているということが分かります。本作品を見ると、江戸川から分岐する境川が中央を流れ、その左(南)側が堀江村、右(北)側が猫実村に当たり、両村を境橋が繋いでいます。猫実村背後の松林から覗いているのは豊受神社で、その神社付近の堤に松を植林し、繰り返される津波や水害による海水・川水がその「根を超さぬ」が訛って「ねこさね=猫実」になった因縁の場所です。境川の分岐する辺りに帆柱が見えており、江戸川にあった行徳の河岸場を示すものと思われます。その遠景背後には富士山があって、その風光はまさに名所絵に相応しいと言えましょう。

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 近景には、千鳥の猟の様子が描かれ、猟師が無双網を砂に隠し、千鳥笛を使って誘き出した千鳥を網を引いて被せて捕獲する様子です。行徳と言えば、塩浜による塩の生産や遠浅の海を利用した漁業が盛んで、『江戸名所圖會』巻之七(『新訂江戸名所図会6』P314~P319)にも、「行徳汐濱」「行徳塩竈の圖」などが掲載されていますが、広重はそれを避けて(「広重あるある」)、同名所図会の図版「行徳鵆(ちとり)」(『新訂江戸名所図会6』P320~P321)を本作品の参考資料としていると考えられます。同図版では千鳥の飛ぶ海岸の風光が主体ですが、江戸百の本作品ではより実利的に千鳥の捕獲に焦点を絞っています。この鳥肉は、小名木川と新川(合わせて行徳川)を使って、江戸に運ばれるのです。行徳の名物紹介、それが江戸百「堀江ねこざね」の面白さを支えています。近景の千鳥、中景の豊受神社の松、遠景の丹沢山系から突き出た富士山をそれぞれ重ねた構図は、縁起の良い題材を選び、江戸百の版行を寿ぐ構成となっています。本作品は、『絵本江戸土産』それ自体ではなく、その先行資料である『江戸名所圖會』からの着想と言うことができます。

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