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歌川広重『名所江戸百景』

◇読み解きの視点

 安政2(1855)年10月2日、広重は、安政地震に遭遇し、江戸の震災と火災の大被害を体験し、その翌年に『名所江戸百景』の版行が始まることを考えると、被災と出版との間に深い関係があることが推測されます。ただし、ここで注意を要するのは、江戸の被災状況の報道は幕府の治安情報に該当し、浮世絵制作のタブーに触れるということです。実際、江戸城半蔵門の壊れた様子を伝えた、『安政見聞誌(あんせいけんもんし)』が安政3年6月2日(1856)に発禁処分となっています。したがって、もともと幕府定火消同心であった広重が、幕府規制に抵触する虞を犯して、報道的視点で『名所江戸百景』を制作することを強調するのは危険です。従来広重が穏当に描き続けてきた『名所絵』という枠組みを大きく逸脱することはないということです。


 『名所江戸百景』の版行を考えるに当たって、重要な広重の絵本資料があります。それは、『絵本江戸土産』と言われる10巻の絵本で、嘉永3年(1850)から慶応3年(1867)にかけて出版され、1~7巻は初代広重、8~10巻は二代広重が手掛けています。『名所江戸百景』との関連では、1~7巻の初代広重の部分が大事で、『名所江戸百景』の絵とおよそ7割の被写地が重なり、『名所江戸百景』の下絵的資料と想定されているからです。(頁数、序文は、初編25頁・金水陣人、2編27頁・松亭漁父、3編26頁・金水道人、4編25頁・一立斎広重、5編頁24頁・金水陣人、6編25頁・松園主人梅彦、7編25頁・金水道人。)

 『名所江戸百景』に先行する『絵本江戸土産』の存在を知れば、草稿やスケッチに簡易な解説を付けた観光案内・江戸土産的性格を持つ絵本を大判の「錦絵化」するという制作の発展過程に気付きます。安政地震の被災や復興の情報を伝えることを目的に、広重が急に江戸の名所を描くことを思い立ったという分析には無理があります。さらに言えば、『絵本江戸土産』自体も後掲『江戸名所圖會』のビジュアル簡易版と見ることもでき、江戸の出版界の大きな流れの中に『名所江戸百景』を位置づけなければなりません。また、広重自身の画業という観点でも、『保永堂版東海道五拾三次の内』の前に、実は「幽斎がき(川口版)東都名所」シリーズを出版している事実があって、そのことは江戸あるいは東都名所の浮世絵は広重にとってライフワークの1つであるということを意味しています。

 ここで、原信田説(原信田・後掲『謎解き 広重「江戸百」』参照)について触れておきます。原信田説というのは、「絵の制作とできごとが対応しているとすれば」こう読めるという仮説に基づいた読み解きです。典型的事例として「浅草金龍山」(後掲書p77)を挙げると、五重の塔の九輪修復という出来事を受けて、遠景にその五重の塔を、近景に塔と深く関連する雷門をそれぞれ描き入れて名所絵とし、地震で傾いた五重塔の修復完了というおめでたいできごとに対して、冬の白い雪と金龍山の建物の紅色と対比させ、紅白(水引)仕立てで寿いでいると読み解いています。安政地震による被災の事実と震災からの復興とが『名所江戸百景』のテーマになっているという主張です。大変説得力のある見解ですが、『名所江戸百景』は広重のライフワークの一環であるという本講座の立場との摺り合わせをどうするかが問題となります。

 本講座では、次のような考えで各作品を読み解いていくつもりです。すなわち、広重は、絵師として、江戸名所絵の集大成として描くのが主な意図であり、他方、版元は広重の作品を商品としてどう売り出すかを思案し、たとえば、先の「浅草金龍山」を例にとるならば、商品の売り出しを考慮して、五重の塔の修復が成ったことが世間の話題となっている時点で版行するという、制作者として当然の行動を採るということです。しかし、五重の塔の修復自体が主たる画題なのではなく、それ故、作品の紅白仕立ても修復完了が理由ではなく、江戸っ子には、歳の市など積雪時の浅草寺が有名なので、その典型的情景として雪の景が選ばれたということです。しかも、まだ残暑の厳しい旧暦7月に、涼を誘う雪景色・歳の市の浮世絵を販売することは、従前からのよくある営業戦略です。原信田説に修正を加えるならば、絵の制作「動機」(きっかけ)と出来事が対応していることはあっても、絵の画題と出来事は常に対応してるという訳ではないということです。それ故、本講座では、各作品全てに亘って安政地震等からの復興を動機として神経質に読み込むということにはなりません。

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