« 03 芝うらの風景 | トップページ | 05 千住の大はし »

04 千束の池袈裟掛松

安政3年2月(1856)改印
Meishoedo100_4
 『絵本江戸土産』三編に「千束池袈裟掛松(せんぞくのいけけさかけまつ)」と題する図版があって、それを竪絵に再構成した作品と考えられます。書き入れには、「むかしこの池に大蛇すみて人を害す よつて七面大明神に祀る 日蓮上人腰掛の松と称(とな)ふるあり 池の廣さ東西三丁斗り 南北一丁たらず むかしは猶大いなりしとぞ」とあります。「千束の池」は、現在の「洗足池」(大田区)のことで、虎ノ門と平塚の中原とを結ぶ脇街道・中原街道沿いにあり、江戸南西部に位置する周囲1km程の湧水池です。この辺り一帯の古名・荏原郡千束郷が、その名の由来と考えられます。


Map487
 「袈裟掛松」については、日蓮上人が久遠寺から中原街道を東に向かう途中(『東都近郊全圖・部分図』参照)、疲れを癒やすため傍らの松に腰を掛けた松を指し、その際日蓮上人が脱いだ袈裟を松に掛けたと敷衍して、広重は題名を「袈裟掛松」としたと考えられます。近隣に日蓮上人の涅槃の霊地・池上本門寺があるにもかかわらず、それを避けたことは、広重の画題選択においてはよくあることです(「広重あるある」)。いずれにせよ、日蓮上人伝説の地であり、江戸における日蓮宗信徒の増加において、一定数の作品購買が期待されるという意味で、新名所の提言を意図する試みと評価できます。


04
 江戸百作品中、手前に描かれた広い道が中原街道で、往来の人々で賑わう様子が見えます。右側には茶屋があって、女が休憩をとっているようです。中景の松の廻りには保護用の柵があって、その左には日蓮上人の年忌を示す石塔があります。また、左遠景の森の中には千束八幡神社が覗いています。池の藍に浮かぶ白鷺3羽が効果的です。なお、遠景の山並みは大岡山付近の丘陵地や武甲山などの秩父連山を構図的に強調して配置したものかもしれません。目録では冬に分類されていますが、青々とした木々などの様子からはそのようには見えず、後から制作された目録が、必ずしも広重の意図を汲んでいる訳ではないという一例です。

 01「玉川堤の花」は、内藤新宿の玉川堤に桜の新名所を売り出す営業宣伝に一役を買うものであり、02「堀江ねこざね」は、行徳近郊に千鳥と富士見の新しい名所を見つけ出すものであり、03「芝うらの風景」は、芝浦に開国に繋がるお台場という新しい海の名所を紹介するものであり、そして、当該「千束の池袈裟掛松」は千束に日蓮上人縁の松を広く知らしめる意図の作品と考えられます。つまり、旧来からの名所をただ拾い上げることを目的とするだけではなく、広重の視点において、新たな名所を選定しようとの意欲から生まれた各作品なのです。以上の作品群には、江戸百の巻頭を飾る作品としてかなり積極的な構想力が感じられます。もちろん、その積極性と同時に、「内藤新宿桜樹一件」やペリー来港と係わる「御台場」など、幕府施策に抵触する危険性も内在しており、本作品においても、日蓮宗(不受不施派)への幕府弾圧の事実を忘れてはなりません。なお、「日蓮上人腰掛の松」が「袈裟掛松」となり広重によって有名になり、さらに、日蓮上人が足を洗った伝説が付与され、今日、「千束池」が「洗足池」となったことには大変興味が惹かれるところです。

|

« 03 芝うらの風景 | トップページ | 05 千住の大はし »

名所江戸百景」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 03 芝うらの風景 | トップページ | 05 千住の大はし »