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09 王子瀧の川

安政3年4月(1856)改印
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 上野の山から飛鳥山まで北西に延びる台地を荒川水系の石神井(しやくじい)川が王子辺りで断ち、景勝の峡谷をなしています。上流の崖地には幾筋もの滝が流れ、石神井川は「瀧の川」と名を変え、その下流の王子権現社を流れる部分は「音無川」と呼ばれました(44「王子音無川堰埭世俗大瀧ト唱」)。本作品は、その滝の1つ弁天の滝と松橋(岩屋)弁財天辺りの情景を描いています(DVD『江戸明治東京重ね地図・王子飛鳥山』参照)。『絵本江戸土産』四編に「王子滝の川」「其二 同所滝 岩屋の弁天」の図版があり、それを1つにまとめた構成です。書き入れには、「此処の景他に比すべきなし 故に都下の騒人春秋夏冬ともに群集す 就中水辺なるにより春夏尤も賑はへり」、「石神井川の流れに臨みて 自然の山水を備ふ松橋弁財天は 弘法の作にて霊験尤新たなり」とそれぞれあって、行楽と信仰の地として人気のあったことが分かります。

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 本作品中、滝の川に架かる橋が松橋、その右下の鳥居の奥に据えられているのが松橋弁財天で、洞窟内にあったことから岩屋弁天とも呼び慣わされていました。江戸における弁財天信仰の影響の深さが偲ばれます。崖の右隅に描かれるのが弁天の滝となり、滝浴びをしている人が見えます。なお、弁天の滝の左手には休憩所があり、さらにその左手には川浴びをしている人がいますが、水垢離(みずごり)かもしれません。また、家族連れが渡る松橋の右崖上に見えるのは、「滝河山金剛寺(りゆうかざんこんごうじ)」(松橋院(しようきよういん))で、通称「紅葉寺」と呼ばれ、紅葉の名所として有名です。そのため、本作品では秋の滝野川風景となっています。ところが経年劣化で紅色の顔料(鉛)が酸化して黒くなっているので、紅葉の赤を想像して鑑賞して下さい。松橋の左崖上に続く道は王子権現社に至り、やはり、紅葉の中に茶屋の建ち並ぶ様子が描かれています。王子権現社の北には、王子稲荷社があって、飛鳥山を含め、この辺り一帯が信仰と行楽の地であり、都下から離れているとはいえ、多くの人々が集まったことが想像できます。

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 この地は台地上にあったので、安政の地震による被害を示す特段の資料はありません。広重の作画動機は別として、本作品の版元サイドの版行動機は、前作品の解説で触れた『藤岡屋日記』によるところの、安政3年3月13日の徳川家定による江戸北部板橋筋への御成りと考えられます。コースは、江戸城平川門、飯田橋、神楽坂、早稲田町、雑司が谷(鬼子母神)、池袋村、そして下坂村を経て、王子を流れる滝野川(石神井川)に並行して飛鳥山へと至るものでした。将軍の御成りがあったことで、到来する各季節の行楽が解禁されたことを庶民は感じ取り、そのメッセージをさらに発信するために版行されたものと推測されます。ちなみに以下に解説する、14「飛鳥山北の眺望」、16「千駄木團子坂花屋敷」、20「日暮里諏訪の臺」の各作品も、家定の御成りの話題性から生まれた作品と考えられます。

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