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蛍(しばらくはカワニナ)日記 14

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*浴衣姿の美人3人が蛍狩りをしている作品です。背景の川に屋根船が見えているので、隅田川の岸辺(東岸?)でしょうか。浮世絵では、蛍の舞う様子を空に星が瞬くごとくと喩えることがしばしばあります。本作品が、題名「星」の下で蛍を描いている所以です。なお、絵師の名に関して、作品中に「國貞改二代豊國画」とあり、改名時期が弘化元年(1844)なので、その頃の制作と推測されます。歌川(三代)豊国・大判三枚続『日月星ノ内 星』(有田屋清右衛門・国立国会図書館デジタルコレクション)


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屋外飼育終了
 大型のカワニナ7個、中型4個から始まった飼育は、秋になって大型のカワニナが寿命なのか、バタバタ死んでしまって2個になり、中型4個とあわせて、計6個となりました。そして、水の入れ替えの際、水槽の外に落ちたカワニナを踏み潰してしまい、中型がさらに3個になってしまいました。しかしながら、これまでに子貝は増え続け、飼育4ヶ月で2000個を超えました。初回時500個を数え、その煩雑さから数えるのはもう止めようと思ったのですが、放流する数はやはり押さえておきたく、結局、2回目700個、3回目800個以上(水草や石に着いている子貝は指の感触では分かるのですが、老眼の目には焦点が合わないので、以上と表現しています。たぶん、100個単位だと思います)、総計2000個以上を数えることになりました。

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 長野の東方連山(菅平、志賀高原)に雪が降り始め、里の最低気温も5度を割りそうなので、蛍の発生する堰に2000個以上は放流し、100個だけを室内水槽で養育することにしました。放流用の容器から水と一緒に流そうとすると、容器の底にぴたっと付いて、全く離れません。これだけの付着力があれば、堰の岩や石等にしっかり付いて生き抜いていくでしょう。真冬になるとどうなるか分かりませんが、放流時点(10月16日~24日)では、水槽の水温より堰の水温の方が暖かいと感じました。放流し終わった途端、冷たい雨が急に降ってきたので、慌てて帰宅しました。天気予想によると、山では降雪が予想されています。とはいえ、このまま一気に冬に突入するという訳ではなく、晩秋の好天の日々も再びあるでしょうから、カワニナ達が堰の環境に早く適応してくれることを願っています。

 ちなみに、孫と一緒に採ってきたカワニナ4個は、一週間もしない内に皆死んでしまいました。カワニナの採取は、秋ではなく、春の方が格段に良いことが確認できました。

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蛍(しばらくはカワニナ)日記 13

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*役者絵の三代豊国と風景絵の広重との競作です。夏を代表する牡丹の花を背景に、浴衣姿の十三代市村羽左衛門には蛍籠、同じく浴衣姿の四代市川小団次には団扇を持たせ、今盛りの花と人気役者の姿を重ね合わせる趣向です。羽左衛門は、定紋が「根上り橘」(ねあがりたちばな)なので浴衣の紋から特定ができます。家橘を経て五代目尾上菊五郎を襲名しますが、やはり、小団次より蛍が似合う名優だと思われます。歌川(三代)豊国・歌川広重『當盛十花撰 牡丹』(恵比寿屋庄七・安政5年3月・1858) 

 

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 台風が過ぎ去ったら放流だ! 
 次から次へと台風が日本に近づくかと思えば、急に寒くなる日々が続いたり、なかなかカワニナの子貝を放流する機会がなかったのですが、10月16日、日和もよく、蛍が生息する堰に500個程を返してきました。紅茶用の茶漉しで10個を1単位として数を数えるという、煩雑な作業を繰り返しました。この作業結果から推測すると、水槽にはまだ1500匹位はいるものと思われます。また、日を改めて、第2段目の放流をしたいと考えています。本来ならば、子貝ではなくて、親貝を放流したく、また、時期も春先でなければ大きな効果は期待できないと分かっているのですが、見切り発車でカワニナを飼育してしまった関係上、まだ未解決の問題があることから、管理できる数に減らすべく放流に至ったという訳です。 

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  懸案な問題は、信州の冬(寒冷・多雪)です。冬でも主要な堰には水が流されており、堰自体が完全凍結することはなく、大雪になっても雪の下には水流があるようです。しかし、自宅の戸外に置かれた水槽では、底まで確実に凍結してしまいます。そこで、室内の小さめの水槽に移し替えてカワニナを飼育するため、管理できる程度に数を減らさざるを得えないということです。カワニナは鑑賞するには趣がないので(?)、いっそのこと、メダカと一緒にでも飼ってみようかな。さすがに、子貝を産むことはないので、春まで室内環境でカワニナを観察してみようと考えています。その上で、少しずつ規模を拡大していければと思います。子貝を数千、数万個に増やすことは難しくはありませんが、親貝をそれだけにするには時間が必要です。 

 という訳で、蛍の生育している堰に再び1000個程のカワニナを放流してくるつもりです。ここの堰は他の場所と違って、底に石がゴロゴロあるので、カワニナはその石底で生きて行くに違いありません。他方、堰近くに胡桃の大木があり、これは蛍の飛翔には良いかもしれません。なお、茶漉しを使ってカワニナの子貝を数えるのは良いアイデアでしたが、古い茶漉し故、水溶器が紅茶色に染まってしまったのは失敗でした(笑)。次の放流ではカワニナの数は概算になろうかと思います…。

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蛍(しばらくはカワニナ)日記 12

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 斎藤 幸雄・幸孝・幸成(月岑)・長谷川雪旦画『江戸名所圖會』巻之四(天保5年)の「落合土橋」に、次のような記述があります。すなわち、「この地は蛍に名あり。形おほいにして光も他に勝れたり。山城の宇治、近江の瀬田にも越えて、玉のごとくまた星のごとくに乱れ飛んで、光景もつとも奇とす。夏月夕涼(かげつせきりょう)多し」と(『新訂江戸名所図会 4』ちくま学芸文庫・1996、p147)。蛍の景勝地として「山城の宇治」とあって、前回の浮世絵作品『山城 宇治川蛍狩之図』がこれを写すものであることがよく分かります。同『江戸名所圖會』巻之四は、続けて「落合螢」の図版を掲載しており(『新訂江戸名所図会 4』p158~p159)、その中には、「この地の蛍狩りは、芒種の後より夏至の頃までを盛りとす。草葉にすがるをば、こぼれぬ露かとうたがひ、高く飛(とぶ)をば、あまつ星かとあやまつ。游人暮るるを待ちてここに逍遥し壮観とす。夜涼しく人定まり、風清く月朗らかなるにおよびて、はじめて帰路をうながさんとことを思ひ出でたるも一興とやいはん。永正十三年【1516】正月、後奈良院御撰『何會(なぞ)』 秋の田の露おもげなるけしきかな 蛍」という詞書があります。

 落合に本図版のような景色が展開していたとするならば、それは壮大な光の大イベントであったことでしょう。本図版中左頁のすやり雲の辺りに「上水川」という文字が見えます。これは、神田上水のことだと思われますが、神田川上流の「田嶋𣘺」、「氷川」神社の森なども描かれており、現在の新宿区・中野区にこのような景色が広がっていたことは想像しがたいです。大人も子供も、長い竹の棒を持って蛍を追いかけています。神田上水は玉川上水と並んで江戸庶民の水を支えており、その上流は、蛍が生息する程の清流地であったことが分かります。本図版を見ていると、堰、川の1本が清流であるだけでなく、一帯が清流地でなければ、これだけの蛍の乱舞を見ることは難しいということなのですね。

 ただし、蛍ではなくて、カワニナの観点から考えると、カワニナのためには豊富な餌が必要であり、おそらく、「落合」という地名から想像して、清流の神田川と栄養豊富な他の川とが落ち合い、淀んだ場所や十分な餌が確保できる環境があったに違いないと思います。

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蛍(しばらくはカワニナ)日記 11

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*平安時代の『源氏物語』を翻案した合巻・柳亭種彦『偐紫田舎源氏』(にせむらせきいなかげんじ)が江戸時代大流行しましたが、歌川国貞(三代豊国)が担当したその挿絵から生まれたのが『源氏絵』と呼ばれる作品です。本作品はまさにその源氏絵であり、人物を三代豊国、背景を二代広重がそれぞれ受け持つ合作作品という趣向が加えられています。宇治川の蛍狩りは、夏の風物詩として広く知られており、本作品では、前景に涼しい衣装に身を包んだ足利光氏、遠景に姫君が描かれ、それぞれ虫籠を置いて蛍狩りをしている風情です。やはり、川岸の柳の木を見ると、蛍には木陰が必要なのかもしれませんね。歌川(三代)豊国・歌川(二代)広重・彫工巳の・大判三枚続『山城 宇治川蛍狩之図』(森屋治兵衛・文久元年8月・1861・ボストン美術館)  

 

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 エアーポンプ導入が功を奏したのか、秋口の天候が良かったのか、気が付いたら、カワニナの子貝が一気に生まれ、400~500個、いやそれ以上に増えてしまいました。もともと、一部はホタルの生息する堰に返そうと考えていたのですが、頻発する台風の発生で堰の水量が気になって、延び延びになっていました。大雨が降った翌朝、水槽の水を抜くと水面近くの側壁に多数の子貝が付いています。それだけでなく、水草、餌のレタスにも付着しており、底に溜まった砂と思っていたのが全部子貝であったのには驚きました。腐食した葉っぱも入れてあって、その葉の裏側は極小子貝がびっしりです。管理するためには、気の使いどころが違うので、親貝と子貝は別にした方が良いように思います。どうやら、主役は、大型・中型のカワニナではなく、子貝に移ってきたようです。 

 

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 大雨と季節外れの暑さが交互に繰り返す日々が続くので、以前カワニナを採取した場所(腰巻近く)に、孫を出しに調査(?)に行ってきました。水の落とし口に流れてきたカワニナがいるかもしれないと当たりを付けていたのですが、予想通り、大型1匹、中型1匹のカワニナを見つけることができました。しかし、春先のカワニナと違って、あまり元気がないように感じられます。ここで生息していたというよりは、大雨で流れ着いたからでしょうか。また、餌もないし…。別に採取するつもりはなかったのですが、孫が持って帰るというので、さらに下流も探索したところ、追加で中型を2匹見付けました。この程度の数では、ここでの蛍の復活は無理だと再確認した次第です。この堰は主に排水が目的なので、希釈されるとは言え、農薬・除草剤等が堰に流れ込む影響があるのかもしれません。30年前に初めてこの場所に来た時、水生動物・昆虫が全くいないが不思議であったことを思い出しました。蛍の生息する堰は、給水用の堰で、接する田畑が少ない上流部にあるのも頷けるところです。

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