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〈51〉東海道五拾三次 水口

Kyokairit50
「四つ五つ ふればあがると 子供等が みな口/\に いひてあそべり 梅花堂煉方」

 水口の旅籠街を描く作品で、箱根峠と並ぶ難路鈴鹿峠(雨の土山)を無事越えてきた安堵感を表現する1枚と思われます。絵に写された状況は、夕暮れ時の旅人と留女の賑やかな攻防戦で、旅人が旅籠の前を通り過ぎることは峠越えよりも難しそうです。水口には「水口石」(力石)という大石があって、「大井子」という怪力の女が動かしたという伝説があります(歌川国芳『東海道五十三對』「水口」参照)。これを踏まえると、留女が旅人を捕まえて旅籠に引き入れることは簡単なことです。水口の伝統芸(?)と言えましょう。画中左端に町役人が御用提灯を持つ姿があるのは、公用の客を迎える準備です。留女の動とは対照的な静を表しています。

 広重が旅籠や茶屋を大きく描く場合、大抵、仙女香(スポンサー)、版元、広重自身などの宣伝が入っています。本作品にも、左の2階屋には「歌川や」、右の旅籠には「さの屋」(佐野㐂)とあることに気付きます。もちろん、絵師と版元の宣伝であることは間違いありませんが、その宣伝の対象は狂歌入り版シリーズそのものです。箱根峠を越えて雪の三島から新シーズンが始まったように、鈴鹿峠を越えて水口の旅籠で一休みして、いよいよ最終シーズンに向かうという雰囲気を感じます。なお、水口から京都まであと1日程度の道程です。狂歌はこの事実を念頭に、東海道を双六に見立て、あと駒を4つ、5つ進めれば上がり、京都に到着すると双六に興ずる子供達がみな口々に言っているという分かりやすい内容です。「みな口」は「水口」の地口です。

 これに対して、保永堂版は副題「名物干瓢」として、水口城主加藤家が下野から持ち込んだ干瓢の製法を描いています。『東海道名所圖會 巻の二』(前掲『新訂東海道名所図会上』p271)には、「名物は葛籠(つづら)細工の店多し」、前掲『東海木曾兩道中懐寶圖鑑』「水口」には、「きせる 藤こり どせう」、「しらきく 名酒」とあり、なぜ広重は干瓢を選んだのか不思議です。保永堂版は構想図という観点に立ち返れば、干瓢の細長い皮の連なりを東海道の宿場の繋がりと見立てているようにも感じます。とすると、綴ってきた東海道シリーズも、干瓢に掛けてもう少しで終わる(完)という感慨が伝わってきます。

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