« 〈54〉東海道五拾三次 大津 | トップページ | 〈56〉東海道大尾 京 内裏 »

〈55〉東海道五拾三次 京 三条大橋ノ圖

Kyokairit54
「鳴神の 音にきこえし 大橋は 雲の上ふむ こゝちこそすれ 鶴の屋松門」

 東海道の西の起点、鴨川に架かる三条大橋を正面から粟田口方向を見据える構図での作品です。近景の擬宝珠の並ぶ高欄の背後、中景には京都を代表する東山三十六峰が描かれ、右側中腹に清水寺の大屋根が確認できます。通例、画中に五重塔「八坂塔」が描かれることが多いのですが、狂歌入り版では見付けることができません。なお、広重『東海道風景図会』「京三條大橋」には、嵐雪の「蒲団着てねたるすがたや東山」という句が紹介されており、これが江戸っ子が思う東山を象徴しているのかもしれません。遠景には都の北東鬼門を守る、比叡山のイメージが写されています。三条大橋の三条が仏教用語「三乗」(声聞乗、縁覚乗、菩薩乗)に通じ、その橋が仏教の聖地比叡山(延暦寺)と一直線に繋がっている構成は、京都が仏都(浄土)であることを強く感じさせます。したがって、三条大橋を僧侶が渡ってくる姿も京都ならではの情景です。橋を渡る人々は、江戸日本橋と対比されており、柴や梯子を売る大原女、被き姿の女性達、茶筅売り、日傘を差す武家の一行などが行き交う様子があり、都の風俗を紹介する趣旨です。言うまでもなく、京都には多くの名所・見所がありますが、それらは、広重『京都名所之内』に譲ることとなります。

 狂歌は、「鳴神の音」(雷鳴)のように天下にその名を轟かせる三条「大橋」を渡るのは、まるで「雲の上」を歩むような「こゝち」(心地)がするという、高欄の三条大橋を詠ったものです。「雲」は「鳴神」の縁語ですが、「天」にも通じ、御所のある京都への憧れも隠されているのかもしれません。日本橋の狂歌「日本橋 たゞ一すぢに 都まで 遠くて近き はるがすみかな」を思い起こすと、日本橋では春霞に隠れていた都が、三条大橋ではついに雲の上から見通すことができるまで間近になった感激が伝わり、狂歌の呼応関係も読み取ることができます。前掲『東海道風景図会』の柳下亭種員の跋詞には、「日毎/\に京着(きょういり)の、旅人にぎはふ東山、兜軍記に由縁ある、清水寺や五條坂へも間近き三條大はしが、即ち巻の終にて」とあり、普通ならば、ここで東海道五十三次の揃物シリーズは終わるのですが、狂歌入り版は中判揃物なので、大判1枚で2丁摺るということから、次に紹介する「大尾」作品がさらに続き、56枚目での完結となります。

|

« 〈54〉東海道五拾三次 大津 | トップページ | 〈56〉東海道大尾 京 内裏 »

広重の狂歌入り東海道」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 〈54〉東海道五拾三次 大津 | トップページ | 〈56〉東海道大尾 京 内裏 »