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3-37.千束の不二

Fugaku3_0252

 『江戸名所圖會巻之二』(前掲『新訂江戸名所図絵2』p127)によれば、「千束の池」は、日蓮終焉の古跡池上本門寺の西1里余の所にあって、「池の側に、日蓮聖人の腰を懸けたまひしと称する古松一株あり」とあります。今の洗足池のことです。北斎の日蓮への傾倒から画題に選ばれた可能性があります。また、見開き左右頁の作品とも宗教施設に絡む点で共通しています。

 手前の天秤棒を担ぐ男の、荷を吊り下げる紐が近景に富士に相似する三角形を作っています。ただし、より重要なのは池の奥側の丘に藁積みが3つ並んでいる部分です。もちろん千束池の畔に富士世界を導き出す記号ですが、それに止まらず、富士をその連続する藁積みの1つに見立てるという意図が感じられます。近景から富士を眺める人々は、富士を田園風景に馴染んだ藁積みと見ており、ここに北斎の仕掛けが隠されているのです。つまり、藁千束(せんたば)の富士がここに描かれており、題名の千束(せんぞく)の富士は千束(せんたば)の富士の地口であったという訳です。

 千束という言葉は、千束分の稲藁(財産)を意味する大変縁起の良い響きを持ちます。したがって、左頁「千束」の作品も、右頁「千年鶴」と同様に吉祥図であるという結論に至ります。もともと、富士は宝の山なのです(初編「千金不二」参照)。

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