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3-35.郭公の不二

Fugaku3_0242

 歌の世界では、「郭公」と書いて「ほととぎす」と読ませることが多いので、夏を知らせる「時鳥」の意味で本作品の題名を理解します。富士の頂上付近に重なるほととぎすの方を見ながら、漢服姿の文人が夏の涼を感じ取り、何か詩歌か狂歌などでも考案している様子です。百景2編「冩真の不二」に登場する絵師の姿と確かに似ています。共に風流人です。

 本作品の仕掛けは、右頁の読み解き方法がヒントになります。すなわち、水辺の台上に座る文人の姿自身が富士に相似する三角形をなしていることに気付きます。文人を富士に、富士を文人に見立てる擬人的な仕掛けです。では、近景においてほととぎすはどこに描かれているかというと、文人が右手に持つ団扇がそれに相当することになりましょう。反対に、すやり霞の縁台の上で、富士がほととぎすの声に夏の涼を感じている1枚と見ることになります。富士を風流人に見立てたということです。

 さらに深読みすれば、山口素堂の、右頁が「目には青葉」、左頁が「山ほととぎす」でしょうか。「初鰹」の季節です。

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