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65 近江国 「高宮」

「六拾五 木曽海道六拾九次之内 高宮」  (一立斎)廣重画 錦樹堂


Kisokaido66 『木曽路名所図会』(巻之1)には、「此駅は布嶋類を商ふ家多し。此ほとり農家に髙宮嶋細布多織出すなり。これを髙宮布(たかみやぬの)といふ。宿中に多賀鳥居あり。是より南三拾町許」とあります。つまり、当宿場を特徴づけるものは、高宮布(麻織物)と多賀大社の鳥居ということです。その多賀大社は、祭神が 伊邪那岐(いざなぎ)大神で、後に、伊邪那美(いざなみ)大神も合祀されています。『古事記』にも、「伊邪那岐の大神は淡海の多賀に座すなり」とあります。天照大御神の親神を祀っているので、同名所図会は、「伊勢参宮の案道(ともがらみち)を枉(まげ)てこゝに多く詣(けい)するなり」と記しています。なお、高宮が多賀大社の門前町であったことが、すなわち、多賀=高、大社=宮で、高宮の名の由来です。

 広重の後掲スケッチ帖に「高宮川」と題する作品があり、ほぼ間違いなく、これが元絵と考えられます。高宮川は、宿場の西口(南)にあって、犬上川とも言われます。当作品は、川の南岸から高宮を見通す視点で、北岸に常夜燈、宿場、背景の山並を遠近法的に紹介する形式です。同スケッチ帖から判断して、広重は、水位が低くなって橋脚だけが残された景色に興味を持ったのかもしれません。これに歩行で川をジグザクに渡る旅人達を加えたのみならず、麻あるいは苧殻(おがら)を背負う2人の農婦を前景に描いたのは、宿中で織られた高宮布(上布)と関連付け、高宮宿の名産を紹介するためです。そうであるならば、当作品の両側に描かれた松は、宿場の出入口を表現しているというよりは、多賀大社の鳥居に見立てたと考えた方が、名所を画中に取り込む広重の真意に添うのではないでしょうか。なお、麻・苧殻を背負う農婦は、広重の同ステッチ帖の「近江路の人物」にその元絵を発見します。つまり、広重の実見に基づいているということです。


*注1:『秘蔵浮世絵大観1 大英博物館Ⅰ』画像番号15(p215)

S_takamiyagawa

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