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53 美濃国 「鵜沼」

「五十三 木曾街道 鵜沼(ウヌマ)ノ驛 従犬山遠望(イヌヤマヨリヱンバウ)」  英泉画 竹内・保永堂・左枠外に竹


Kisokaido54 『木曽路名所図会』(巻之2)には、「こゝより尾州犬山の城見ゆる。名古屋へ七里あり」と記され、後掲図版「犬山針綱神社」の中に犬山城が描かれています。英泉は、この図版を応用して、犬山城から鵜沼宿を遠望する構図の作品を制作しています。大田南畝『壬戌紀行』(前掲書、p282)は、「はるかに塔のごとくみゆるは犬山の城楼也。山の上につくりたれば、いや高くみゆ。板橋ある川をわたりて鵜沼の駅にいる」と記し、当作品の犬山城が塔のように描かれている理由をはからずも明らかにしています。

 犬山城の本丸にあった天守は、外見は3階、内部は6階造りで、二の丸、三の丸と段々高度を下げながら続きます。当作品では、大手門から堀を越えて城下に橋が架かっている部分が見えています。城の対岸に道があり、その岸辺から小船が渡ってくるのが描かれていますが、これは鵜沼宿の南から犬山城下に繋がる犬山道です。遠景の黄色の山々と水田・草原の間に見える家々が鵜沼宿辺りと思われます。

 塔のように描かれた天守閣は、前掲名所図会に倣ったとは言え、実景とはかなり異なります。尾張藩(附家老・成瀬氏)の城であり、城内の詳細をありのまま表現することにはやはり問題があって、一種戯画的に描いたと想像されます(後掲「加納城」参照)。また、木曽川沿いの丘上にある城の佇まいが長江流域にある白帝城(三国志・劉備の臨終地)に擬えられることもあり、当作品は漢画風に表現されています。これも、現実の風景から離れた姿を映す理由の1つだと思われます。


注1:『木曽路名所図会』巻之2(犬山針綱神社)

Inuyamajyo

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