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48 美濃国 「大湫」

「四拾八 木曽海道六拾九次之内 大久手」  (一立斎)廣重画 錦樹堂


Kisokaido49 大田南畝『壬戌紀行』(前掲書、p288~p289)によれば、「松の間をゆきて六七町も下る坂を西行坂といふ」坂を反対に上り、同書に約20程紹介される十三峠の坂を上り下りし、最後の寺坂を抜けると大湫の駅に至ります。さらにその西方には、風光明媚な琵琶峠があり、『木曽路名所図絵』(巻之2)には、「琵琶嵿」の後掲図版とあわせて、「琵琶嵿」、「母衣(ほろ)岩」、「烏帽子岩」の解説があります。すなわち、「琵琶峠 細久手より壱里餘にあり。道至つて嶮しく岩石多く登り下り十町許也。坂の上より丑寅の方に木曽の御岳見ゆる。北には加賀の白山飛騨山の間より見ゆる。白山は大山なるがゆへに麓まで雪あり。日本三番の高山也。西に伊吹山みゆる」とあり、「母衣岩 琵琶峠の下にあり」、「烏帽子岩 右の緑(くさはら)にあり。いづれも其形をもつて名とせり」と記します。

 当作品は、前掲名所図会の図版と見比べると、この2つの大岩辺り、とくに母衣岩を描いたものと思われます。沢山の柴を背負子に積んだ夫婦は琵琶峠の方向に登っていくように見えますが、構想的には疑問に感じます。なお、母衣岩と烏帽子岩ではなくて、その手前の大洞(おおほら)にある無名の岩を広重が描いたとする見解があります。しかし、当作品は広重が中山道を旅する前の構想図なので、形状が似ているのは偶然の一致と考えます。この点について、岸本(『中山道浪漫の旅 西編』p66)は、「無名に近い岩とさりげない風景は、現地を実際に見た絵師にしか描けない」と述べていますが、広重はまだこの時点では実見していないはずです。


注1:母衣岩は、保永堂版東海道『奥津』に描かれる川岸の大岩とほぼ同じ描き方です。広重は、実景を見ても見なくても描ける絵師ですが、この岩の描法は、広重の構想作品によく見られるものです。


注2:『木曽路名所図絵』巻之2(琵琶嵿)

Biwatouge

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