« 33 信濃国 「本山」 | トップページ | 35 信濃国 「奈良井」 »

34 信濃国 「贄川」

「(三十四) 木曽海道六拾九次之内 贄川」  (弌立斎)廣重画 錦樹堂


Kisokaido34 『木曽路名所図会』(巻之3)によれば、贄川は、「本山まで弐里。いにしへこゝに温泉あり。故に川(にえがは)と名づく。東山道駅次此所より東を松本領とす。西は木曽谷の間みな尾州侯の御領なり」とあります。そして、本山で触れた「桜澤橋」について、「驛のひがしにあり。是木曽伊奈の分界なり。長さ十弐間、西の方六間尾州侯より修造す、東六間松本侯より修造す。傍に白木改番所あり」と記しています。後掲『岐蘓路安見絵図』(にゑ川)には、宿場の手前に、「まげ物を改る番所也」という説明があります。大事な点は、これより、狭義の意味での木曽路が始まり、そこに設置された11宿(贄川、奈良井、藪原、宮ノ腰、福島、上松、須原、野尻、三留野、妻籠、馬籠)の東側第1宿が贄川に当たるということです。同名所図会には、「桜澤橋」、「川」に始まり、30以上の項目に亘って名所・地蹟の紹介が続き、さらに、図版においては、「木曽路は獣類の皮を商ふ店多し。別して川より本山までの間多し。又往来の人に熊胆(くまのゐ)を沽(うら)んとて勧る者多し。油断すべからず」とまで詳細に注意を促しているところですが、結局、広重が選択した画題は贄川の旅籠風景です。前掲「下諏訪」の画題選択の経緯と似ています。『宿村大概帳』(天保14・1843年)によれば、贄川の宿内家数は124軒、うち本陣1軒、脇本陣1軒、旅籠25軒とあり、とりわけ旅籠が多いというわけではありません…。

 右から、旅籠の前には、宿役人、荷を下ろす馬子、宿駕籠の前で一服する駕籠舁、旅籠内には足を洗う旅人などが描かれています。当作品の一番の特徴は、鴨居・柱に掛けられた看板と講札に、右から、「板元いせ利」、「大吉利市」、「仙女香 京ばし坂本氏」、「松島房二郎刀」、「摺工松邑安五郎」、「仝亀多市太郎」と書かれていることです。版元、スポンサー、彫師、摺師など制作サイドの宣伝と好評の願掛けとなっています。通例、揃い物などにおいて、このような仕掛けが施されるのは、初めか終わりの1枚など「切り」の部分に当たることが多いと言えます。当作品もよく見ると、絵番号が馬の尻掛けに「三十四」とあって、その意味は、「尻(最後)の三十四番」と解せられます。つまり、前半部分が終わったという意味で、旅籠を描きそこで一休みという含みを持たせ、同時に、制作者サイド一同が挨拶する運びに至ったと読み解くべきでしょう。


*注1:『岐蘓路安見絵図』(にゑ川)

A34

|

« 33 信濃国 「本山」 | トップページ | 35 信濃国 「奈良井」 »

広重・英泉の木曽海道六拾九次」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/197953/65104154

この記事へのトラックバック一覧です: 34 信濃国 「贄川」:

« 33 信濃国 「本山」 | トップページ | 35 信濃国 「奈良井」 »