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25 信濃国 「八幡」

「二拾五 木曽海道六拾九次之内 八幡」 (歌川)廣重画 錦樹堂


Kisokaido25 次の望月まで32町の距離で、東西いずれの宿間も非常に短いことが特徴的です。また、『宿村大概帳』によれば、本陣1、脇本陣4、旅籠屋3とあって、脇本陣の多さが異例です。東側に千曲川が控えていることもあってか、休憩のための利用が主たる機能なのでしょう。『木曽路名所図会』(巻之4)には、「駅の中に八幡宮のやしろあり」とあり、この社が宿名の由来となっています。境内本殿の「甲良(こうら)神社」は、甲良=高麗(こうらい・こま)を想像させ、渡来人による「牧」開拓との関連も窺わせます。

 広重の当作品は、構成上の区切りでもないのに、派号「歌川」広重を名乗っていて不思議な気がします。右手奥の坂を上り、川まで下り降り、板橋を渡って、再び反対側の川岸を上る、街道の日常景を描いたものです。多くの解説では、宿場手前に流れていた中沢川を渡る場所から、振り返って、背後に浅間山ないしは碓氷峠を遠望する作品と理解しています。しかし、本講座は『木曽路名所図会』や後掲『岐蘓路安見絵図』(八幡)を基準に考える立場なので、違う結論が導き出されます。すなわち、同安見絵図に記載され、したがって、街道を旅するうえで重要な箇所は、宿場の西側を流れる布施川に架かる橋だと考えます(岸本『中山道浪漫の旅 東編』p113)。画中の水流の方向が曖昧ですが、その地点から、宿場方向を見返すものではないでしょうか。

 なお、画中の川岸に注目すると、竹藪、蛇籠(じゃかご)、水除杭が描かれていて、岸辺の土などが流失しないための工夫が見えます。『中山道分見延絵図』(八幡)を参照すると、八幡の宿場前後の街道には何本も水抜・悪水抜(用水)が描かれていて、水はけの悪さが目立ちます。広重の意図としては、これら治水対策が必要な程の悪路ぶりを情報提供するつもりであったのかもしれません。雨などが降ればぬかることは間違いなく、千曲川の存在とあわせて、このような悪路事情が宿間の短かさ、宿場に休憩施設が多いことの理由にもなっていると思われます。さらに、深読みすれば、当作品では川が問題であるということで、「歌川」の名乗りがあるのかもしれません…。


*注1:『岐蘓路安見絵図』(八幡)

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