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19 信濃国 「軽井沢」

「拾九 木曽海道六拾九次之内 軽井澤」 (東海堂)廣重画 竹内 (「いせ利」)


Kisokaido19 本シリーズではほとんどの場合、広重は斎号として「一(弌)立斎」を使用しています。ところが、当作品では「東海堂」と名乗っています。その理由として、1つに、「木曽海道六拾九次之内」の一番の核心部分はやはり信濃国から始まると考えられ、その重要な1枚目を英泉ではなく、東海道シリーズをヒットさせた広重こそがその人気を背負って始めるという自負を表すものと考えられます。もう1つの理由は、当作品に保永堂が係わっており、東海道のヒットは版元保永堂(だけ)のものではなく、絵師広重が重要な役割を果たしているということを言いたかったはずです。やはり保永堂が版元であった「高崎」でも、広重は願人坊主を題材にして意味深な作品を制作しています。

 『木曽路名所図会』(巻之4)および後掲『岐蘓路安見絵図』(軽井沢)は、街道案内を始めるに当たって、ともに信濃国のイメージを総括しています。たとえば、同安見絵図は、「凡信濃は日本の内にて甚地形高き所なり。其故は海遠くして山上に有る国なり。四方の隣国より信濃に行には皆上るなり。北国は信濃より雪深けれとも地ひきゝゆへ信濃よりはあたゝかなり」と記しています。また、「軽井沢・くつかけ・追分、此三宿ともに浅間か嶺の腰に有りて其地甚高し」ともあります。

 さて、前掲安見絵図を参照すると、当作品は軽井沢の宿場を出て離山(はなれやま)が迫っている辺りを背景にしていることが判ります。日の沈んだ夕方、沓掛方面から来た駄馬の旅人がやっと宿場に到着し、ほっとして、馬子と煙管の火の遣り取りをしています。「いせ利」(錦樹堂)の意匠の入った小田原提灯に、旅人の顔が照らされています。杉木立の下の焚き火から煙管に火を点けようとしているもう1人の旅人も、焔の光に杉の右半分とともに浮かび上がっています。作品の中央辺り、粟か稗でしょうか、やはり、藁などを燃やす焔から煙が上がる情景です。「光の明暗を巧みに表現する、広重らしい名品だ」という声が聞こえてきそうです。同じく、明暗の対比によって華やかな遊女屋の景を表現した英泉の「深谷」を思い出します。

 では、なぜ軽井沢が夕闇と焚き火の対比の中に描かれているのでしょうか。前掲名所図会、前掲安見絵図、いずれにも、軽井沢は碓氷峠の直近にあり、浅間山の「腰」の宿場と説明しています。実は、この浅間山(明神)に因んだ歌舞伎舞踊の一系統に、「浅間物」と呼ばれるものがあります。手紙や起請文を燃すと煙の中に怨霊が浮かび上がって、恨みを晴らそうとします。たとえば、「胸の焔は夜に3度、此地(こち)の思いは日に3度、煙くらべん浅間山…」(『傾城浅間嶽』)というセリフが有名です。軽井沢の宿場に到着し、信州浅間の地に入ったことを受けて、浅間物の名シーンを焚き火を使って表現するという、極めて周到な構想に基づいているものと思われます。英泉は光の明暗によって飯盛女(遊女)を鮮やかに表現しましたが、これは美人画の大家としてのプライドです。他方、広重は、歌舞伎・人形浄瑠璃の名場面を旅の情景に重ね合わせ、役者絵を席巻した歌川派の一派であるというプライドを示しました。


*注1:『岐蘓路安見絵図』(軽井沢)

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