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15 上野国 「板鼻」

「拾五 木曽海道六拾九次之内 板鼻」 無款(英泉画) 池仲伊世利・左枠外に竹


Kisokaido15 作風が明らかに英泉であるにもかかわらず、広重が使用した「木曽海道六拾九次之内」というシリーズ名になっている不思議な作品です。また、英泉は副題を付けることが多いのですが、本作品には初めからなかったのでしょうか。作品の左枠外極印の下に「竹」(保永堂)の文字が入ったものがあることから、保永堂が英泉の版下絵に極印を貰い、それを譲られた錦樹堂が手直し(英泉名削除、シリーズ名統一)を加え、制作・版行に移したと推測されます。

 『木曽路名所図会』(巻之4)には、板鼻の東側にある「八幡宮」について、「八幡村にあり。むかし八幡太郎義家奥の安倍貞任(さだとう)宗任(むねとう)征伐のとき下向し給ひ、此所に一宿し給ひし舊蹟とて、此神をこゝに勧請す」と記し、西側にある「鷹巣山」について、「中宿(なかやど)を立て鷹巣山の岸根を碓日(うすひ)川流る。急流なり。鷹巣山は切立たる如くの崖岩山也」と記します。同様に、『岐蘓路安見絵図』も板鼻宿の東西のランドマークとして、八幡村の八幡神社と中宿村の鷹巣山を掲載しています。ついでに、同安見絵図に描かれた板鼻近くの橋は、板鼻の西口から中宿村に入る地点、「いたはな川」(碓氷川)に架かるものが唯一です(注1参照)。以上の情報は、英泉作品を理解するうえで重要な鍵となります。

 雪の積もる菅笠、蓑、合羽姿の手前4人は、「八幡宮」を過ぎ板鼻宿の東口手前にあった松並木の街道を擦れ違う旅人の情景と想定できます。よく見ると、この街道は橋には向かわず右に曲がっています。他方で、その背後には、右より、菅笠姿が2人、菅笠と蓑姿が1人、そして橋に繋がって、橋の上で立ち話をする2人、橋を渡って騎乗する2人がそれぞれ描かれていて、その街道の両脇には家がならび、宿か村への入口のように見えます。その後には左に向かって高度を増す山が見えています。この景色は、中宿村の入口にあり、鷹巣山の脇を流れる「いたはな川」に架けられた橋付近と合致します。当作品の前景は板鼻に入る手前の情景であり、後景は板鼻を出て行く際の情景なのです。これは、熊谷堤の前後を一図にした「熊谷宿」がその典型ですが、挿絵を繋げあるいは重ね合わせて制作する、英泉の作画手法を理解して初めて判ることです。当作品に描かれる川が急流なのは、前掲名所図会「急流なり」や前掲安見絵図「甚早し」の記述と全く一致します。

 従来多くの見解は、大田南畝『壬戌紀行』(前掲書、p317)の「駅舎をいでゝ麦畑の中をゆけば石橋あり」という記述から、英泉の画題を板鼻堰用水路に架かる寒熱(かねつ)橋としていますが、その文章の前に「右に寺あり。板はな川の橋をわたれば板鼻の駅むげに近し」とあるのを見落としています。『旅景色』(p25)も、「ただし供養塔はこの絵の中には描かれていない」と述べ、橋脇にあった供養塔が描かれていない不思議さを指摘しています。当作品が冬の雪景色になったのは、冬の行事・寒念仏(橋)に触れる『壬戌紀行』が影響を与えており、敢えて言えば、松並木の右方向見切れる辺りに架けられていた可能性があります。なお、松の描写について、北斎『冨嶽三十六景』「東海道程ヶ谷」参照。


*注1:『岐蘓路安見絵図』(板鼻)

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