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09 武蔵国 「熊谷」

「第九 岐阻道中 熊谷(クマカヤ)宿 八丁堤ノ景」 英泉画 竹内・保永堂


Kisokaido09 『木曽路名所図会』(巻之4)には、熊谷の宿中にあった浄土宗寺院「熊谷直實古跡 熊谷寺(ゆうこくじ)」の図版があり、またその蓮生山熊谷寺の縁起に関連して、熊谷次郎直実の源平合戦での活躍、一谷で平敦盛を討った無常感、熊谷次郎の伯母聟権守久下直光との所領争い、その後の出奔と法然上人との出会いなどが記述されています。次に、久下、吹上、箕田と立場の紹介があって、「ばら原に山王のやしろ(現吹上神社)あり。これより土手のうへを通る。(江戸方向)左の方土手の下はみな沼なり。(江戸方向)右にあら川見ゆる。吹上の茶屋にて忍さし足袋を商ふ左に忍(しのぶ)の城への道あり。一里餘なり」と記しています。

 英泉は前掲名所図会の後段部分を受けて、副題「八丁堤ノ景」の下、吹上村から久下・戸田八町村まで続く、荒川左岸の土手道「熊谷堤」(英泉の言う「八丁堤」)を選択したようです。前作品「鴻巣」が副題を「吹上冨士遠望」としているので、視点を吹上側からではなく久下・戸田八町側に置いて、歩んできた荒川堤防上の道を見返すという視点で描いていると考えられます。藍摺りの田畑風景の中、九十九折の土手道を旅人が歩く姿が、一種漢画風に作品背景に描かれています。同作品左側の茶屋では馬子と旅人が煙草を吸い、「竹」の意匠の入った腹掛をする馬は飼葉桶に頭を突っ込んでいますが、場所が久下の立場とすれば、忍藩の藩主が鷹狩の際休憩したことから「御狩屋」(みかりや)と呼ばれた茶屋のイメージです。「あんころ」と「うんとん」(うどん)の看板が目を引きます。

 さて、議論が分れるのが、右側の石標と地蔵菩薩です。石標には、「みぎおしぎょうだ道」、「左深谷二里廿町」と書いてあります。同名所図会には、既述したように、吹上から忍城(城下町は行田)への道があると記されていることから、吹上にあった追分の石標と考えれば良いでしょう。そこから、熊谷までおよそ「二里廿町」程ですから、石標の「深谷」は「熊谷」の誤記となります。このように解するのは、吹上(荊原)には「権八延命地蔵」と呼ばれる川守の地蔵菩薩があって、本作品の右側に描かれる情景を説明するのに矛盾がないからです。『旅景色』(p16)は、久下(熊谷堤下)にあった川守の地蔵菩薩を「権八地蔵」と考えているようですが、「この石標の位置には疑問が残る」という一貫しない結論になっています。

 英泉の作品を一体の絵画と評価するのは間違いで、複数の名所(要素)を挿絵的に描き入れたガイドブックと見なければなりません。したがって、本作品の場合は、左の茶屋から「八丁堤」を望み見るのは久下の立場であり、右の石標と地蔵菩薩は吹上の立場・追分辺りなのです。熊谷堤(八丁堤)の両端が一図に納められているという理解です。とすれば、供を連れ、駕籠に乗る裕福そうな町人が窓越しに旅人に声をかけているのは、吹上(荊原)の権八延命地蔵を話題にしていると推察されます。なお、権八地蔵は、鴻巣の勝願寺にも一体あります。なぜならば、歌舞伎の名場面から、後付で生まれた名所だからです。


*注1:権八地蔵
 本庄助太夫を斬って江戸に出奔し、大宮原で強盗を働いた鳥取藩士平井権八をモデルとした歌舞伎では、役名・白井権八がこの辺りで辻斬りをし、そばの地蔵に「このことを言うな」と言ったところ、地蔵が「わしは言わぬが、お前も言うな」と答えたという有名な場面があり、そこから生まれたのが、権八地蔵です。その他に、権八と小紫が絡む歌舞伎『浮世柄比翼の稲妻』(うきよづかひよくのいなずま)では、幡随院長兵衛から「お若いの…」の台詞を引き出した『鈴ヶ森』が有名です。


*注2:忍城
 忍城は、15世紀末、成田親泰が利根川や荒川の流れを利用して築城した防備の固い名城でしたが、豊臣秀吉の小田原北条攻めに際し最後まで抵抗したものの、逆に川の流れがあだとなって、石田三成等の水攻めで落城しました。のぼう様(成田長親)について、野村萬斎『のぼうの城』(2012年・日本映画)参照。


*注3:『岐蘓路安見絵図』(熊谷)

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