« 06 武蔵国 「上尾」 | トップページ | 08 武蔵国 「鴻巣」 »

07 武蔵国 「桶川」

「第七 岐阻街道 桶川(ヲケカワ)宿 曠原之景」 無款(英泉画) 保永堂


Kisokaido07 『木曽路名所図会』(巻之4)には、「上尾まで三十町」とあって、宿場間がかなり短く、実際にも上尾と一体となって発展していた宿場と言えます。大宮台地の一番高い部分に当たり(東間浅間神社)、そのため麦などの畑作が中心の地域で、その他に、「桶川臙脂(えんじ)」と呼ばれる紅花、武州藍、紫根などの染料植物、煙草栽培などが有名です。江戸や京都を念頭に置いた商品作物の生産地ということになります。穀物問屋、紅花(染料)問屋などと旅籠が混在する宿場です。

 英泉は、このような環境を理解して、副題「曠原之景」の下、桶川宿から北に延びる広大な畑地を走る街道とそこを呑気に歩む帰り馬の馬子を描いています。また前景には、石臼に扱(こ)き箸を差して穂から麦を引き離す作業をする農婦、さらに煙草の葉を干す農家では囲炉裏から煙管に火を点けようとしている農夫が描き入れられていて、上尾の鍬太神宮(現氷川鍬神社)と関連する踏鋤の農具、さらには麦の落穂を狙う雀等も含めて、農村地・桶川の畑作農家の情景が色々と表現されています。農婦に話しかけている旅人は、その指の方向(東方)から想像すると、同名所図会に「岩付への道これあり」、後掲『岐蘓路安見絵図』(桶川)に「岩付へ二リ」とそれぞれ記される岩槻道、『旅景色』(p14)の言う加納天神に向かう天神道、あるいは反対方向に、十返舎一九『続膝栗毛十二編下』でお礼参りの旅人が向かう松山(箭弓・やきゅう)稲荷道などを尋ねているのかもしれません。つまり、桶川宿が交通の要地であることが前提とされている作品と考えられます。

 農作業を正確に描いている点などからして、おそらく本作品は、放浪時代、桶川と鴻巣とを繋ぐ曠原の道を実際に歩いた自身の取材と記憶から制作されたのではないでしょうか。ただし、それによって、当作品が江戸庶民に受けたかどうかは別問題です。なお、本作品には英泉の落款がないのですが、平成18年、「英泉画」の署名作品が米国にて発見されていることを付言します。


*注1:『岐蘓路安見絵図』(桶川)

A07

|

« 06 武蔵国 「上尾」 | トップページ | 08 武蔵国 「鴻巣」 »

広重・英泉の木曽海道六拾九次」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/197953/65088669

この記事へのトラックバック一覧です: 07 武蔵国 「桶川」:

« 06 武蔵国 「上尾」 | トップページ | 08 武蔵国 「鴻巣」 »