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02 武蔵国 「板橋」

 「第二 木曾街道 板橋之驛」 英泉画 竹内・保永堂


Kisokaido02 板橋は中山道第一宿で、『江戸名所図会』(前掲書4、p262)には、「伝舎(はたごや)・酒舗(さかや)軒端を連ね、繁昌の地たり」とあり、また『木曽路名所図会』(巻之四)には、「花魁(うかれめ)店前にならび紅粉(こうふん)を粧ふ」ともあって、東海道の品川宿と同様に飯盛女(事実上の遊女)が多数置かれ、遊興の地でもあったことが判ります。おそらく、英泉も遊んだことでありましょう。品川、千住、板橋、内藤新宿は江戸四宿と呼ばれ、いずれも街道の起点にあり、同時に遊興の地でもありました。同『江戸名所図会』には、「駅舎の中ほどを流るる石神川(しやくじがわ)に架する小橋あり。板橋の名ここに発(おこ)るとぞ」とあります。

 さて、英泉描く風景は板橋宿ではなく、後掲『江戸名所図会』(前掲書4、p258~p259)の図版「巣鴨庚申塚」と照らし合わせると、少し手前の場所であることが判ります。英泉作品の中央部に描かれる石塔が、王子稲荷や王子権現に向かう王子道との分岐点にあった庚申塔です。巣鴨の立場にあったその石塔の正面には「青面金剛(しょうめんこんごう)」、右面には「右王子道」と書いてあるはずです。悪気悪霊封じのため村境などに建てられました。英泉作品の左端には、竹矢来に囲まれた榜示杭(棒鼻)が見えていますが、「従是(これより)板橋宿」と記してあるはずで、宿場の端に当たります。つまり、遠近画法を応用して、巣鴨の立場から板橋宿の旅籠を遠望するという構図を採っているということです。ただし、巣鴨の立場と板橋の宿場との間にはある程度の距離があるので、その間をショートカットしたうえでの作図です。立場には木陰を利用してよしず張の出茶屋があって、その店の前で馬の草鞋を交換する馬子の仕草があります。これは追分などの典型的表現で、以後の作品においても何度か応用されています。街道には供を連れた夫婦の旅人が描かれていて、駕籠舁が葛籠を天秤に担ぐ供と交渉しているようです。

 なお、加賀の前田家は本郷に上屋敷(赤門)がありましたが、板橋宿の東側にも21万坪の下屋敷があって、本作品に描かれる宿場背後の森はそれを表しているものと思われます。ちなみに、縁切榎(えのき)は宿場の北(出口)側にあって、本作品に描かれる木立は反対方向なので違います。


*注1:『江戸名所図会』(巣鴨庚申塚)

Sugamo_kosinzuka

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