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7 東都隅田堤

Fuji_7 本作品は、桜の名所隅田川東岸の隅田堤から、金龍山(浅草寺)と吾妻橋越しに富士を遠望する構図です。典型的富士見の名所絵ですが、作品意図は、江戸百「吾妻橋金龍山遠望」と「真乳山山谷堀夜景」の2作品に重ね合わせるとよく判るのではないでしょうか。すなわち、「吾妻橋金龍山遠望」は向島芸者と隅田堤の桜を楽しみつつ舟遊びをする情景と理解され、遠景には吾妻橋、金龍山、富士の景色が見えます。また、「真乳山山谷堀夜景」は、向島辺りから堀の芸者で有名な山谷堀の料理屋の明かりを背後に感じつつ、その料理屋有明楼(ゆうめいろう)の女将お菊を描いています。これら両作品を前提にすれば、本作品の3人の女性達の出所も自ずと明らかになります。左手で褄を取り赤い襦袢を覗かせて歩く2人の女性は、おそらく向島の芸者衆でしょう。着物の木瓜紋から常磐津節の芸者と見られます。そして、その背後、竹屋の渡しの船着場から上ってくる女性は、お菊と特定できるかどうかは別として、対岸今土橋からやって来た料理屋あるいは船宿の女将と想定されます。夕暮れ時、影を帯びる富士の前に、江戸庶民にとってはやはり馴染みの日常景を配置した作品です。もちろん、宣伝を兼ねての趣向も読み解けてきます。


 広重『絵本江戸土産』初編には、「隅田堤花盛」など隅田川東岸を描く作品が複数あります。しかしながら、富士見の景はありません。一方で、『不二三十六景』「東都隅田堤」は、本作品の原点となった情景が描かれています。当作品を竪絵に再構成したのが本作品ということでしょう。


Hokusai27 ところで、北斎『冨嶽三十六景』ならば、富士の祭神・木花咲耶姫を念頭に、近景にこの世の富士(桜)世界を表現するか(「東海道品川御殿山ノ不二」)、あるいは、金龍山の屋根を富士塚として絵の中に取り込むはずですが(「東都浅艸本願寺」)、広重は敢えて日常景を写すことに徹したと考えられます。北斎の堤越しの富士の景として、荒川堤を疾走する騎馬の武士姿の彼方に赤富士が描かれる作品があります(「隅田川関屋の里」)。これと本作品を比較すると、広重の日常景への志向が際立ちます。反対に、北斎作品は、題名の千住「関屋の里」が当時富士講の中心地(信仰の出発点)であったことを理解しないと、その意図が十分には読み解けないでしょう。

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