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5 東都御茶の水

Fuji_5 題名の「御茶の水」は、かつてこの地にあった高林寺境内の湧水を二代将軍秀忠に茶の湯用に献上したことに由来します。本作品で一番目につくのは、画面の左右を横切る構造物です。これは、御茶の水の丘陵地帯を割って流れる神田川に架けられた、神田上水の懸樋(かけひ)です。この水道の懸樋の後ろに小さく描かれる上流部の橋が、水道橋です。この辺り、神田川の南一帯を駿河台と呼び、『江戸名所図会』(1-p103)によれば、富士の眺めが駿河国に似ているからと説明されていて、富士の名所地であることがよく判ります。


 江戸百「水道橋駿河台」の方は、絵師の視点が上流部水道橋此岸にあるのに対して、本作品では下流部水道懸樋のやや上部此岸辺りにあって、各作品の棲み分けを読み取ることができます。その懸樋下には、菊正宗の酒樽を運ぶ小舟が見えています。本作品よりも絵師の視点を下げ、神田川から懸樋を見上げる構図を採っているのが、『江戸名所図会』の図版「御茶の水水道橋神田上水懸樋」(1-p106、p107)です。両作品を比べると、本作品では富士が懸樋を覗き込んでいるように感じられます。しかしながら、空に夏の鳥ほととぎすを飛ばす点等共通するところも多く、『江戸名所図会』の図版が元絵と推測されます。そして、広重『絵本江戸土産』第5編の「御茶の水」と「水道橋」の2図版を経て、江戸百と本作品へと至っていると考えられます。


 『不二三十六景』には、「東都水道橋」と「東都駿河臺」と題する作品があります。前者の水道橋の作品は、おそらく、『絵本江戸土産』第5編と同時期・同構想に基づくものと想像されます。後者の駿河台の作品は、神田川(懸樋)を描かない点で、『絵本江戸土産』第5編「御茶の水」や本作品とは大きな違いがあります。この点で考慮すべきは、神田川、懸樋、富士の3点セット全てを作品に収めるには、本作品のような竪絵が有効であるということです。なお、横絵の『絵本江戸土産』「御茶の水」には、富士は描かれていません。


Hokusai05 また、北斎『冨嶽三十六景』「東都駿臺」も横絵ですから、神田川両岸の峡谷感が描ききれず、絵組の苦しさが作品から読み取れるのではないでしょうか。しかし、北斎にとっては、広重のように富士の実景描写が眼目なのではなく、富士信仰あるいは富士講の平等世界を近景に展開させることが重要なので、これで良いとも言えます。

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