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30 甲斐御坂越

Fuji_30 甲州街道の宿場甲府の1つ手前にある石和(いさわ)宿から南東方向に、甲斐国と駿河国とを繋ぐ鎌倉往還が走っています。その山間部の峠にあったのが御坂峠で、河口湖を抜けて、往還は富士山麓を通って駿河国に至ります。広重の発想は、木曽街道と甲州街道の分岐点・下諏訪から江戸に向かって、甲州街道周辺の富士見の名所を渉猟していこうということだと思われます。峠を登りきったところで、旅人の目には、富士と河口湖が飛び込んできます。本作品は、まさにその旅人の感覚を絵にしています。直前の「29 信濃塩尻峠」とは視点が反対で、遠ざかる小さな富士ではなくて、出会いの大きな富士として描かれています。前作品の左側の崖と比べて本作品の右の崖が半分位の高さに抑えられているのも、出会った富士の雄大さを損なわないための工夫でしょう。河口湖の右手の島は富士五湖唯一の中島・鵜の島です。左端の岬は産屋ヶ崎、右奥の山は足和田山です。


 昭和に入ってから、この峠にあった茶屋が天下茶屋と呼ばれ、 昭和13年の9月からは太宰治が数ヶ月滞在し、小説『富嶽百景』の舞台となっています。「富士には、月見草がよく似合ふ」という言葉が有名です。ちなみに、当ブログで「(浮世)絵になる風景」という言葉を度々使ってきましたが、それは太宰治の言う、「私は、ひとめ見て、狼狽し、顔を赤らめた。これは、まるで、風呂屋のペンキ画だ。芝居の書割だ。どうにも註文どほりの景色で、私は、恥づかしくてならなかつた。」と表現した風景を逆に肯定したものです。御坂峠からの富士は、まさに「絵になる風景」の典型です。


Hokusai29 北斎『冨嶽三十六景』には「甲州三坂水面」があり、中世の富士信仰の中心地、富士御室浅間神社が作品の中央部分に描かれているのは、富士信仰を表現する北斎作品としては当然です。しかし、描かれる2つの富士を巡っていくつかの見解があります。まず、逆さ富士の部分が、湖上の富士をそのまま写した姿ではないことにはすぐ気付きます。次に、峠から見た夏の富士は大沢崩れがあって駿河側から見た富士です。河口湖畔からの逆さ富士は雪を被った冬の富士です。実景でない富士2つを1枚の作品で楽しむ仕掛けがあります。私見ですが、峠から見える富士は実体ではなくて、湖水(鏡)に映った逆さ富士こそが実体であると北斎は示唆しているのではないでしょうか。そのうえで、水神(弁天)を祀った鵜の島、富士山岳信仰の富士御室浅間神社、そして法華経の妙法寺をそれぞれ富士信仰の本質と感じた北斎が、それを白鳥が羽ばたくかのような聖なる姿で表現したものと考えます。また、河口湖に富士神霊の姿を捉えた北斎は、そこに釣り船を一艘浮かべ、諏訪湖では見ることができなかった、「富士の上漕ぐあまの釣船」の奇観を描いたのです。いずれにしろ、風景画では決してなく、名所絵でも足らず、北斎の信仰をユーモアをもって告白する作品です。

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