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28 信州諏訪之湖

 これより、本シリーズの第3部に当たる、木曽街道、甲州街道、房総からの富士見図部分に入っていきます。


Fuji_28 信州諏訪の地は、諏訪大社の鎮座する場所として古来より有名であり、また諏訪湖からの富士の眺めは古歌にも多く採り上げられ、歌枕の地としても周知されています。本作品に先行する図版として、まずは『木曽路名所図会』(巻之四)「諏訪湖下諏訪神宮寺高嶋城」があります。渓斎英泉・歌川広重『木曾街道六拾九次』の下資料の1つと考えられるものです。当該木曽街道シリーズでは、英泉が「塩尻嶺 諏訪湖ノ湖水眺望」において、凍結した湖面を描いて「御神渡」時期の諏訪湖を主題にしていますが、本作品では、季節を春として、衣ヶ崎辺りからの富士の眺望を描いています。


 遠景中央に白い富士が見え、その左手には八ヶ岳の黒い山並みがあって、湖水左岸には花咲く桜に囲まれる諏訪氏の居城・高島城が収められています。城の沖には、小舟が3雙、4雙と描かれていて、諏訪湖で行なわれていた鮒、小海老や蜆の漁が表現されているようです。諏訪湖での春の日常景と富士という趣向です。先の『木曽路名所図会』には、「須波の海 衣が崎に来て見れば富士の上漕ぐあまの釣船」という歌の紹介があり、本作品の着想が『木曽路名所図会』にあることを窺わせます。ところで、本作品は、広重の先行するシリーズ『不二三十六景』「信濃諏訪湖」においてすでに完成していた構図を、竪絵に修正したと解することもできます。横絵を竪絵にしたことから生じた近景の空白を、松と梅と思しき花木が描かれる、緑の湖岸が埋めています。しかしながら、その戦略が成功したかどうかには、やや疑問がありますが…。なお、広重は富士の前に船を描く際、綱などで小さな三角形を作ることが少なくありません。その点からすると、本作品において諏訪湖に浮かぶ小船の櫓と棹が作るハの字は、その代わりの工夫かもしれません。


Hokusai13 さて、ここでは、北斎『冨嶽三十六景』「信州諏訪湖」との対比に触れておかなければなりません。作品の中央に大きな2本の松が描かれています。この北斎の構図重視の松を広重は意識していて、あえて広重流の自然な形に戻した結果が本作品の松ではないでしょうか。広重作品が、北斎の松、英泉の冬など先行作との違いを自覚して制作されることは当然ですが、北斎作品自体は、後の浮世絵師とはまったく違う哲学に基づいて描かれています。すなわち、作品は漢画風の様式を踏みつつも、その様式は富士信仰を表現するための技法に過ぎず、具体的には、中央の小高い丘とその上にある粗末な小屋もしくは水神祠とが造る三角形は、遠景にある富士に相似する自然の富士塚を形成していて、この近景にこそ富士世界(御利益)があることが示されているのです。また手前の2本の松は、富士の前面にある八ヶ岳を象徴するものでしょう。さらに、左手の船は、『木曽路名所図会』に紹介される古歌の「あまの釣船」を意識している可能性があり、構図全体として、近景の「富士の上漕ぐあまの釣船」となります。北斎が作品を描いた場所に関し、高島城の対岸の釜口辺り(当時の弁天島祠)、または塩尻峠の浅間神社の祠辺りからとする見解が各々あります。しかしいずれでもなく、前出の古歌を絵にしたと考えれば、広重と同じ衣ヶ崎付近からの可能性が強くあります。

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