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23 駿河薩タ之海上

Fuji_23 東海道を西に進む場合、箱根、伊豆の次は、「25 東海堂左り不二」(吉原)がシリーズの順番として相当ですが、そうしなかったのは、海上からの視点を先行させたい思惑があったのかもしれません。実際、本作品には、海上であるからこその大きくうねり、かつ泡立つ波頭が描かれています。また、本作品では、絵師の視点は、峠道から相模湾上に出て富士を仰ぎ見る方向を採っています。このことによって、飛沫を上げる荒れる波越しに静かに佇む富士が見えることになります。波は富士を巻くような形をし、その先に千鳥が飛ぶという視線の流れを意識した構図です。北斎『冨嶽三十六景』「神奈川沖浪裏」に対比される所以です。


 保永堂版「由井 薩埵峠」は、シリーズ中一番売れた作品で、『東海道名所図会』(巻の四)の図版「薩埵山」を元絵とした、ある意味完成された典型的な「絵になる風景」です。その後の『不二三十六景』「駿河薩岳嶺」も、基本的にはその構図を引き継いでいます。薩埵峠は駿河湾に面した東海道の難所で、江戸方向に向かう旅人が、右手に海を見渡しながら峠を上っていくと、左手に富士の雄大な姿が望めるという絶景ポイントです。その旅人の驚きを絵にしたのが、『不二三十六景』の作品と言うことができます。


Hokusai01 上述したように、本作品が、北斎「神奈川沖浪裏」あるいは『富嶽百景』第2編「海上の不二」と比較されるのも一面で当然です。本作品の題名も「駿河薩タ之海上」ですし…。しかしながら、構図的には北斎の影響を強く読み取ることはできますが、北斎作品が持っていた富士信仰の本質は意図的に消されているように思われます。すなわち、富士を相対化して、近景(此岸)波の上に富士世界を描くという意図はなく、荒れる波の動と泰然とその姿を見せる富士の静とを対比させる一景が目的です。言い換えれば、由井の薩埵峠という現実の中に、構図を重視する北斎作品を自然な形で描き込むというのが、日常景を目指す広重の趣向だということです。

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