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22 伊豆の山中

Fuji_22 箱根宿から三島宿に至り、東海道を離れて下田街道に進み、下田へ向かう途中、天城峠を越える辺りにあった浄蓮の滝が画題となっています。この滝は、近在に浄蓮寺という寺があったことが命名の由来です。滝は、狩野川の上流部、天城山の北西麓を流れる本谷川にあり、玄武岩溶岩流を流れ落ちる伊豆第一の名爆で、落差は25m、幅は7m程あります。その滝壺には女郎蜘蛛の精が棲み、杣人がその化身である美しい女性と出会ったために、深い眠りについたという伝説があります。そのためでしょうか、本作品では、左上の下田街道には旅人が、右の山道には明らかに杣人が描かれていて、その伝説を彷彿とさせる工夫があるようです。


 問題なのは、下田街道を天城山に向かった場合、富士の姿は旅人の背後方向にあって直接は目にすることはなく、一方で、浄蓮の滝は、川が北流しているので、旅人の前方に見える点です。つまり、浄蓮の滝の背後に、富士が見えることはないということです。ここに至るまでも、江ノ島や富士の位置が実際とは違う構図はありましたが、完全に正反対というのは初めてです。これは、まったくの絵空事(構想図)なので、広重を風景画の大家と考えたい向きには大変不都合な事態です。しかしながら、作品を商品として描く浮世絵師としては、イメージを表現した観光ポスター(コラージュ)としては当然ありえることです。技法的には、富士を廻る白雲がこの場からは見えない仮想であることを物語っています。本作品は、商品性を背負った浮世絵として、そして広重を浮世絵師として理解して初めて成立するものと言えましょう。その他に、シリーズ中に1枚くらい滝の図が欲しかった事情も確かにあるでしょうし、その動機に北斎『諸国瀧廻り』への意識がなかったとは言えないかもしれません(謎解き『冨士三十六景』p60)。


 なお、伊豆と富士との深い関係は、『日本霊異記(りょういき)』にも記載される役優婆塞(えんのうばそく)(小角)伝説が参考になります。すなわち、文武天皇に謀反を讒言され、役優婆塞は伊豆大島に流されるのですが、昼だけ伊豆におり、夜には富士山に行って修行したというのです。結果、その富士信仰故に放免されることになります。北斎『冨嶽百景』にも描かれる、富士山岳修行の開祖・優婆塞伝説です。

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