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2 東都駿河町

Fuji_2 『江戸名所図会』に図版「駿河町三井呉服店」(1-p74、p75)があって、それを下資料として広重『絵本江戸土産』第5編および江戸百「するがてふ」が制作されたようです。どちらかと言えば、本作品は『絵本江戸土産』の構成の方に倣ったと考えられます。江戸百「するがてふ」が、名所絵の形式を採った呉服商三井越後屋の宣伝であったと同様、本作品も富士の名所絵の形式を借りた広告宣伝図です。故に、画面中央部に「するが町 呉服物品々 越後屋」という看板が目立つように描かれています。もともと駿河町は、通りの西方正面に富士が見えるよう都市計画された一角なので、名所絵の題材に相応しい絵になる場所です。「1 東都一石ばし」によって武家の町からの富士眺望を描いたのに対して、次は、商人第一の町からの富士眺望図というわけです。


 描かれているのは、門松・注連縄で飾られたお正月風景です。通りを歩く人物として、右より、お神楽の一行、素襖姿の三河万歳の太夫と才蔵の二人連れ(江戸百「霞かせき」参照)、編笠・三味線姿の鳥追いの二人(江戸百「日本橋通一丁目略図」参照)がそれぞれ描き加えられていて、お正月の門付けに忙しい情景を表現しています。ちなみに、三河万歳は、三河地方を根拠地として各地を回った正月の祝福芸ですが、三河出身の徳川家によって優遇され、江戸城や大名屋敷の座敷でも演じられたため、太夫は武士のように帯刀が許されていました。


 いずれにしろ、新年を寿ぐ様子に、縁起の良い富士を重ね合わせて、三井越後屋の商売繁盛を読み込んだ巧みな営業作品と理解されます。技法的には、典型的な一点透視遠近法を応用しており、その消失点に富士を置いて富士見図としての体裁を整えています。空舞う鳥は、空白の上部に奥行を与える工夫です。「一富士二鷹」の縁起担ぎならば、さらにおもしろいのですが…。


Hokusai31 三井越後屋に関しては、北斎『冨嶽三十六景』「江都駿河町三井見世略図」という作品があります。店の屋根と富士の三角形との相似を用いた構図です。三角形が富士を象徴することが判れば、瓦職人達が富士の頂上世界にいることを画趣としていることは容易に理解できます。決して身分の高くない人々も等しく富士世界に抱かれているというメッセージが本作品に秘められており、華やいだお正月の一場面(日常景)を切り取る広重とは大きく異なっています。

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