« 12 武蔵小金井 | トップページ | 14 武蔵越かや在 »

13 武蔵多満川

Fuji_13 多摩川は、秩父山地より、多摩丘陵と武蔵野台地の間を流れて江戸湾に注ぎます。江戸百において多摩川に係わる作品は、多摩川河口の「はねたのわたし弁天の社」のみです。しかしながら、上中流域の風光は古来より歌枕の地・六玉川の1つとして、かつ優美な名所として、当然、江戸百に収められていささかも不思議ではありません。それが外されたのは、やはり、本作品を『冨士三十六景』のために残しておいたと言うべきでしょう。『江戸名所図会』(3-p448~p455)にも、図版が4点程掲載されていて、本作品構成の元絵になったと思われます。その詞書に、「西北に秩父および甲州の諸山を望み、東南は堤塘(つつみ)の斜めに連なるを見る。鮎をこの川の産とす。夏秋の間多し。ゆゑに、つねに漁人絶えず。」とあります。


 本作品は、甲州街道が多摩川を渡河する日野の渡しの東岸から西岸に富士を眺望する構図です。渇水期には、本作品に見るような土橋が架けられていたようです。鮎などの漁が盛んなので、友釣りをする人達などの日常景の中に富士および丹沢山地(大山)が置かれています。俯瞰図にすることによって、竪絵の特徴を生かしていることが確認されます。広重『絵本江戸土産』第4編の「多摩川」は、土橋の下流辺りの風景で富士を除外しています。『不二三十六景』「武蔵多摩川」は、逆に土橋を外して富士と丹沢山地を正面に据えています。柳の木、渡し船、鮎漁を思わせるのどかな情景という点では、いずれも共通しています。


Hokusai10 本作品と同じ場所からの富士の作品と考えられる北斎『冨嶽三十六景』「武州玉川」は、船を待つ旅人、日野の渡しを進む船、そして多摩川の背後に富士を描くというスタイルです。広重との違いは、すやり霞によって、富士と多摩川が一体化されて見える点です。富士と多摩川に共通して使われる藍色によって、多摩川が富士の山容の一部と化して見える仕掛けが重要です。北斎は、富士の日常景を描くことが目的なのではなくて、富士と多摩川が一体化した特異な景色となっていることに関心があり、かつ、それが富士(講)信仰上とても大事であると考えていると理解されます。感覚的な表現ですが、空も藍色なので、渡し船がこのまま天駆ける船となって富士まで飛んでいってしまいそうな印象です。

|

« 12 武蔵小金井 | トップページ | 14 武蔵越かや在 »

広重の冨士三十六景」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/197953/62284881

この記事へのトラックバック一覧です: 13 武蔵多満川:

« 12 武蔵小金井 | トップページ | 14 武蔵越かや在 »