« 「原」 歌川広重 遠州屋又兵衛(異版) | トップページ | 「三嶋」 歌川広重 伊場屋仙三郎 »

「沼津」 歌川国芳 小嶋屋重兵衛

13_new「水にせぬ ふかき恩きも ふミこんだ 沼津にあしの ぬけぬ旅人 梅屋」

 沼津の棒鼻で、三人の人物が出会った様子を描く作品で、これを理解するには人形浄瑠璃・歌舞伎の知識が必要です。すなわち、『伊賀越道中双六』(『カブキ101物語』16頁参照)の「沼津の段」を国芳は描いているのです。同作品は、近松半二ほかの合作、天明3(1783)年大坂竹本座初演の人形浄瑠璃です。曾我兄弟、赤穂浪士と並ぶ三大仇討ちの一つ、伊賀上野の鍵屋の辻で唐木政右衛門(荒木又右衛門)が義弟・和田志津馬(渡辺数馬)に助太刀し、西へ落ちて行く沢井股五郎(河合又五郎)を仇討ちするという有名な話を題材としています。この沼津の場は、全十段のうちの六段目に当たり、事件の当事者は誰一人として登場しないにもかかわらず、今日でも演じられるのはこの場だけという程人気がありました。

 さて、沼津の段では、沢井股五郎を助けるため東海道を上る呉服屋「十兵衛」が、沼津で年老いた雲助に荷物を持たせて欲しいと頼まれます。実は、それが生き別れた父の「平作」であったのです。その平作の娘「お米」は志津馬が想いを寄せる吉原の傾城瀬川であり、また十兵衛の妹です。結果的に、平作は、わが子の十兵衛から敵役股五郎の消息を聞き出すため自害するに至ります。偶然に出会った三人の邂逅が善意であるだけに、後に敵味方に別れる親子であると判る切ない結末に、庶民は大いに心を動かされたことと思われます。

 ちなみに、三大仇討ちを縁起の良いものの例えとしての「一富士、二鷹、三なすび」に掛けた次のような話があります。すなわち、「一富士」が富士の裾野の牧狩りで曽我兄弟の仇討ち、「二鷹」が播州浅野家の家紋(違い鷹の羽)で忠臣蔵、そして「三なすび」が茄子のへたのイガが伊賀で、伊賀上野鍵屋の辻の仇討ちとなるいう洒落です。

*保永堂版東海道「沼図」は副題「黄昏圖」となっていて、道連れの旅人姿が描かれています。『伊賀越道中双六』の「沼津の段」を念頭に置けば、この道連れの旅からどんなドラマが生まれてくるのか気になるところです。この作品に潜む明月の情緒は、年老いた雲助平作の悲哀に重ねることもできます。広重も歌川派の絵師であることを思い出せば、作品に歌舞伎などの情緒が仮託されていることを忘れてはなりません。

|

« 「原」 歌川広重 遠州屋又兵衛(異版) | トップページ | 「三嶋」 歌川広重 伊場屋仙三郎 »

東海道五十三次」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/197953/58457894

この記事へのトラックバック一覧です: 「沼津」 歌川国芳 小嶋屋重兵衛:

« 「原」 歌川広重 遠州屋又兵衛(異版) | トップページ | 「三嶋」 歌川広重 伊場屋仙三郎 »