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「三嶋」 歌川広重 伊場屋仙三郎

(正月六日三嶋祭の圖)

12_new「天平五年大山祇命(おおやまぎヽのミこと)を祭りて 三嶋明神と称し奉る。故に驛の名とす。祈雨(きう)の御神にして能因法師の雨乞 光廣卿の止雨(しう) 和哥を奉りて共に感應あり。宮居壮麗にして社頭巍々(ぎヽ)たり。こヽに鎮座し給ふより千余歳 神徳日々新なり」


 三島神社の風景と併せて書き込まれた詞書きは、『東海道名所図会 巻之五』「伊豆 三嶋」の「伊豆三嶋神社」からいくつかの箇所を引用し、まとめたものです。大山祇命は、通常は「おおやまつみのみこと」と呼ばれ、富士の祭神である木花開耶姫の父に当たります。能因法師(伊予守実綱)の雨乞の話は、伊予(愛媛県)の三嶋神社でのことです。光廣卿の止雨は、烏丸光廣卿が洪水で箱根に行けなくなったとき、「天の川井関の水をせきとめよ今も三嶋の神ならば神」という歌を詠じたところ、たちまち雨が止んで晴天となった事跡を述べたものです。いずれにせよ、三嶋明神は水神としての性格を有していることがわかります。このような経緯から、農事等のために当該神社が製した暦は、三嶋暦と呼ばれ、関東地方で広く使われることとなりました。

 広重の絵は、「正月六日三嶋祭の圖」とあり、これは、じつは、『東海道名所図会』「正月六日三嶋祭」の図版をそのまま写したものなのです。同図会には解説はありませんが、現在でも1月7日に、「お田打ち神事」と呼ばれる催しが行われています。白い翁の面を付けた舅の「穂長尉」(ほながのじょう)と黒い面を付けた婿の「福太郎」が田打から田植までの所作を狂言仕立てで見せ、その年の豊作を祈る神事です。なお、「穂長」には、正月初入山の日に採取する田植の際の飯炊き薪という意味があるそうです。三島明神の水神=五穀豊穣の神の性質がよく反映された祭礼と言えます。
 
*保永堂版東海道「三島 朝霧」は、宿名の由来となっている三島神社の早朝風景を描いています。霧は、神社の神域にあることの表現でもあります。

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