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「丸子」 歌川広重 伊場屋仙三郎

21_new「手越の古驛

手越の古駅ハ丸子の東にして あべ川の西岸(さいがん)にあり。むかし 中将重衡囚れて鎌倉に下り給ふ時 此所に宿り給ふ。頼朝公深く痛(いたハ)り 手越の長者が娘千壽の前といへるを御伽に付られける。此女眉姿(ミめかたち)心様も優にして 糸竹の道さへ勝れ 琵琶琴 或ハ今様の白拍子を舞て心を慰めわかれけるが 重衡討れ給ふときヽ 墨の衣にさまをかへ 信濃の國善光寺にて後世(ごせ)のぼだいをとむらひける。千壽の遺蹟 今も残れり。」

 『東海道名所図会 巻之四』「駿河 丸子」に「手越古駅」「千壽前遺蹟」の記述があり、詞書きはそれを要約したものです。『平家物語』や『吾妻鏡』に見られる、一の谷の合戦で捕虜となった平重衡と源頼朝の官女千壽の前との説話を語っています。広重の絵は、白拍子を舞う千壽の前とそれに感涙する重衡を描いていますが、これは、同図会に『平家物語』より引用される、「一樹の陰に宿りあひ 同じ流れを結ぶも 皆これ先の世の契 という白拍子を 誠に面白う諷うたりければ 三位中将も 灯(ともしび)闇(くら)うしては数行虞氏(すこうぐし)が涙 という朗詠をぞせられける」という状況を理解しなければ、読み解けないものです。ちなみに、「灯闇うしては数行虞氏が涙…」は、『和漢朗詠集』の「灯暗、数行虞氏之涙、夜深、四面楚歌声」よりのもの、「数行」は涙が幾筋も流れている様、「虞氏」は項羽の愛妾、虞美人のことで、亥下の戦い(前202)に項羽が敗れた時の状況を歌ったものです。

 「濱松」では、重衡と熊野(ゆや)の説話が別にあり、重衡の人気が窺えます。

*保永堂版東海道「丸子」は「名物茶屋」で、十返舎一九の『東海道中膝栗毛』を構想のヒントにしていました。

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