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「白須賀」 歌川広重 伊場屋仙三郎

33_new 「女谷之傳(おんなやのでん)

女谷は白須賀の東 橋本にあり。昔の宿驛にして 建久元年頼朝公上洛し給ふ旅舘の旧跡なり。此時 橋本の長より遊女群参す。故に其名あり。其頃 右大将に寵を得し女ありしが 頼朝薨(こう)じ給ふ後 貞操にして尼となり妙相と号し 一寺を建立して永く行ひすましける。今橋本の教恩寺 是なり。」


 これも『東海道名所図会 巻之三』の「遠江 白須賀」の「女谷」からの引用です。下部の絵の方を見ると、右隅に一筋の煙が立つ香炉があります。したがって、この絵は、頼朝が亡くなった後、寵愛を受けた遊女が回向し、悲しむ姿と理解すべきでしょう。後に、この女性が尼となり、「妙相」と号して「教恩寺」にて菩提を弔うこととなります。

 さて、本作品の背景は、保永堂版東海道「白須賀 汐見阪圖」に対応したものです。そこに、満月と雁の情景ですが、この月の演出は、ここでは頼朝への昔日の思いや頼朝の死を暗示する効果を狙ったものです。英泉・広重の『木曾街道六十九次』の明月作品のいくつかが、木曽義仲への思いと重なるのも、同様の工夫です。「十種香」や「反魂香」を考えれば、美人の見つめる月こそ、頼朝の霊であったことが判るというものです。

*保永堂版東海道「白須賀」の副題「汐見阪圖」について、『東海道名所図会』も記事として文言を割いています。

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