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「箱根」 歌川国芳 伊場屋久兵衛

112_new「工藤左ヱ衛門祐経は 所領の遺恨に依て河津三郎祐保を討。其二男箱丸父の菩提の為とて箱根の別當きやうじつの弟子となる。しかるに人となるにおよんで父の仇(あだ)を討ん志を定む。ある時當山へ左ヱ衛門祐経来る時 祐経に對面し あかぎづくりの短刀を貰ひ 弥々(いよいよ)敵を討んと思ひそかに當山をぬ出 下山なし 北條を頼てゑぼし子となつて兄弟共に十八年のかん苦を経て 終に建久四年五月廿八日 冨士の裾野に於て兄十郎と共ニ工藤を討年比(としごろ)の本望を達ス。」


 曾我五郎時致が箱根権現に稚児として預けられ、別当の行実(ぎょうじつ)の弟子であった事跡を援用して、ここ「箱根」に曾我兄弟の仇討ち話を持ってきました。詞書きは、当時、誰もが知っていた曾我兄弟の仇討ち話の概要です。『東海道名所図会』に拠ってはいないようです。国芳が描いたのは、稚児姿の箱丸(箱王丸)こと五郎時致です。名前からしても、箱根には相応しい人物選定と思われます。出家することを嫌い、箱根権現から抜け出す場面と思われます。なお、『カブキ101物語』156頁の「対面」参照。

*保永堂版東海道「箱根 湖水圖」では、富士を背景に芦ノ湖を描き、そこに権現坂を下る大名行列が加えられています。ここでの大名行列は源頼朝の富士裾野の牧狩りを、背後の富士は曾我兄弟の仇討ち(の富士)をそれぞれ暗示させる工夫のように思われるのですが…。国貞の美人東海道「箱根」は、「三嶋」の小浪と一対となって、仮名手本忠臣蔵の戸無瀬を描いています。国貞は、箱根の景色に忠臣蔵を見ていますが、あるいは、広重の箱根も曾我ではなく、忠臣蔵なのかも知れません。広重の箱根図は、北斎の『冨嶽三十六景』「神奈川沖浪裏」と構図的共通性を指摘されることがあるのですが、それよりも、忠臣蔵八段目「道行旅路嫁入」の舞台背景との方がより共通性があるように思われます。とすると、ここでの大名行列は、武家の仇討ち忠臣蔵を暗示するもので、亀山の大名行列が石井兄弟の仇討ちを暗示していたのと同じ趣向となります(『東海道五十三對』「亀山」参照)。いずれにしろ、単純な風景ではなくて、背後に歌舞伎等によって広く知られる仇討ち話(の書割)が隠されていると見るべきでしょう。

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