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「赤坂」 歌川広重 伊場屋仙三郎

37_new 「宮路山の故事

昔 太政大臣師長 尾張の国にさすらへ 配所のつれづれこの宮路山に分入木々の紅葉を眺めつゝ 辺りの岩に腰を掛 琵琶を弾じ居給ひしに いづくとも美女來り調につれて唱哥なす。師長を見かへり給へバ 即ち鬼神の姿と也 我ハ此山の水神なり 御身が秘曲の勝れしまゝ 茲に形を顕す也と 其侭消失にける也。」


 『東海道名所図会 巻之三』の「三河 藤川」に「宮路山」の項があって、「藤川」ではなく、ここ「赤坂」で広重は援用しています。同図会によれば、持統天皇行幸(みゆき)の際、頓宮(かりみや)があったのが命名の由来だそうです。詞書きは、『源平盛衰記』から、治承3(1179)年、藤原師長が平清盛によって尾張に流された時の話です。都人が鄙の地で山の精と出会う奇譚と考えれば、鬼女紅葉伝説などと同様の世界です。本作品には書かれていませんが、同図会によれば、「この悦びに今十日の中に帰洛させ奉らんとて失せにける。果して帰京したまいき」とあって、師長がこの後、京に戻ることができた顛末を報告しています。清盛ではなく、師長に神(鬼)が味方したということ、すなわち、平家滅亡の予兆を感じさせる話です。

 紅葉茂れる山中の宮路山に現れた鬼神が水神であるというのは、興味のある点です。富士の祭神「木花咲耶姫」も水神と言われています。

*保永堂版東海道「赤阪」は、「旅舎招婦ノ圖」のテーマに添った作品表現です。『東海道名所図会 巻之三』の「三河 赤阪」の項に、「招婦(でおんな)のことあり」と記しているのを受けてのことと思われます。

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