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「掛川」 歌川国芳 伊場屋仙三郎

27_new 「此驛に下逆の鍛治あり。昔福岡宗吉といふ名匠(めいかじ) 帝の勅命を受 大井川の水に和(くわ)し剱一口(けんひとふり)打得たり。帝御幸(ミゆき)あつて業を試んと新刃(あらみ)を水にひたして 急流の上より藁一筋を流さしめ 其藁此剱の影を流ず 却て水上(みなかみ)逆上るゆへ 帝感じ給ひ 名を下逆と勅号す。其後青江某の家に傳え 青江下逆と呼ぶ。此刀一度紛失し 福岡貢種々辛苦して 勢州二見浦にて手がヽりを得て 竟(つい)に刀を手に入 主家(しゅうか)を興す。忠臣稀なり。この因(ちなみ)によってこれを圖す。」


 『東海道名所図会 巻之四』「遠江 掛川」に「名産葛布(くずぬの)」の項があって、そこに「下坂という鍛治も この城下にあり。」の一文があります。それを受けて、国芳は、名(妖)刀「青江下逆」(あおいしもさか)を着想し、その刀が重要な役割を果たす『伊勢音頭恋寝刃』(いせおんどこいのねたば)へと話を続けたようです。『伊勢音頭恋寝刃』の詳細は、『カブキ101物語』22頁以下に譲りますが、寛政8年5月、伊勢古市の遊郭で起こった殺人事件を脚色したもので、伊勢の御師福岡貢が主人筋に当たる若殿のために名刀「青江下逆」を取り返すまでの経緯を描いた作品です。馴染みの遊女お紺の愛想づかしを真に受けて、貢が逆上して夜更けの廓で十人斬りに及ぶ三幕目「油屋」が山場です。

 絵に描かれるのは、伊勢二見浦で手掛かりの密書を得た貢の姿です。ご来光(朝日)の名所ですので、その光を手紙に当てて読もうという場面です。「掛川」とは直接のゆかりはありません。なお、詞書きに「主家を興す。忠臣稀なり。」と記されているのは、十人斬りの話題性を低め、天保改革直後の雰囲気を考えて、「忠臣」を強調していると見るべきでしょう。

*保永堂版東海道「掛川」は「秋葉山遠望」です。『東海道名所図会 巻之四』は、まず、「大登山秋葉寺」(だいとうざんしゅうようじ)の解説から始まり、併せて3点の図版が掲載されています。広重がそれに呼応していることは間違いありません。画中の修行僧は、秋葉山護身の三尺坊(天狗)との係わりから扇子を片手に持っていると思われますし、吹く風は秋葉の火伏鎮護のそれと考えられます。

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