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「大津」 歌川国芳・歌川広重 伊場屋仙三郎

(土佐又平 又平妻)

542_new「大津繪の 筆のはしめは 何佛 はせを」


 団扇の枠の中には、「応需広重写」とあり、この部分は広重の筆であることが判ります。その下の絵には国芳の落款があって、当シリーズ中、唯一、合筆によって制作されている珍しい作品です。『東海道名所図会 巻之一』には、大津絵の店が描かれ、そこでは、大津絵の伝説の創始者・岩佐又兵衛と上に紹介した芭蕉の句とが挿入されています。したがって、それを受けた画題に基づいて構想された作品と言えましょう。

 上部の広重は、芭蕉の句を受けて、大津絵の典型である、「鬼の念仏」「藤娘」「槍持ち奴」を描いています。一方、下部の国芳は、岩佐又兵衛の伝説を受けて、歌舞伎『傾城反魂香』から浮世又平の逸話を描いています。すなわち、通例、吃又(どもまた)と言われれもので、吃音ゆえに思いを述べることができず、土佐の苗字を許されない又平が絶望して、手水鉢に自画像を描いて死を決していたところ、その一念が通じ、石の反対側に絵が抜け出てしまったという奇跡を起こした瞬間を絵としています(『カブキ101物語』170頁参照)。この奇跡によって、又平は、大津絵師から土佐光起として土佐派の絵師に出世するというお話です。国芳作品では、土佐又平と記されています。その背後には、妻が驚いています。 

 浮世又平の伝説は、浮世絵師ならばいずれも描いてみたい画題なのでしょう、版元伊場仙の計らいで、両者の合筆という形が実現したのではと思われます。

*保永堂版東海道「大津」は「走井茶店」を『東海道名所図会 巻之一』を参考に描いています。これは、歌川国貞『五拾三驛景色入美人繪』(美人東海道と略す)が先に大津絵を画題としているので、それを避けた結果です。

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