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「濱松」 歌川国芳 遠州屋又兵衛

30_new 「濱松の驛

平重衡卿 西海の合戦に打ちまけとらハれとなりて 鎌倉へ下り給ふとき 池田の宿に泊り給ふに 熊野侍従出て宗盛卿に寵せられしを思ひなつかしくて 琴弾哥うたひて勞を慰めける。」


 『東海道名所図会 巻之三』の「遠州 濱松」の項に「池田宿」の紹介があります。そこに『平家物語 巻十』から「重衡街道下」の引用があり、同時に図版もあって、本作品の詞書きに記される「熊野」(ゆや)侍従の話が載っています。作品の手前に描かれる源氏絵風美人が平宗盛に寵を得た熊野で、稗史に託けた美人画隠しと思われます。なお、奥の座敷で扇子を手にするのが平重衡、烏帽子を被る武士が梶原平三となります。同図会によれば、「梶原平三傍らにありて 眼をむき 苦みを見せける」とあります。

*保永堂版東海道「濱松 冬枯ノ圖」の原形となった、辺り一帯を見渡すような図版は、『東海道名所図会』には見出されません。焚き火に集まる人々が暖をとる情景に視線を向けていますが、別の絵図、絵地図を参照して、じつは、徳川家康のかつての居城・浜松城、足利将軍義教が命名した颯々松(ざざんざのまつ)、三方ケ原の古戦場に近い諏訪明神社あるいは五社神社などの景色を忍び込ませようとしたのではないでしょうか。つまり、幕府の規制を危惧して目立たなく表現するという方法です。

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