« 「蒲原」 歌川国芳 遠州屋又兵衛 | トップページ | 「原」 歌川広重 伊場屋仙三郎 »

「吉原」 歌川国芳 伊場屋仙三郎

15_new「冨士川水鳥

佐兵衛佐殿(さひやうゑのすけどの)むほんのよしありて 平家の大軍冨士川まで押よせ来りける所に ある夜 冨士沼にあまたなる水鳥の何かハ驚き 一度にぱつと立ける羽音雷大風(いかずちたいふう)の様に聞へけれバ 平家の兵ども源氏の大軍向ひ来りと心得 皆々周章噪(あハてさわぎ)て尾州河洲俣へと落行ける。」


 『東海道名所図会 巻之四』「駿河 蒲原」に「冨士川水鳥古跡」の項があり、詞書きはそれに基づいて書かれています。同図会は、『東鑑』『平家物語』などを引用して、治承4(1180)年、源頼朝と平維盛(これもり)が富士川を挟んで対峙した際、夜半、富士川の東の富士沼の水鳥が一斉に羽ばたいた音を、平家軍が源氏の大軍の侵攻と誤解し、敗走した話を紹介しています。同図会には、「冨士川水鳥 平家大軍を刧(おびやか)す」と題する図版が掲載されていて、国芳が、これを再構成したことは間違いないでしょう。

*保永堂版東海道「吉原」は副題「左富士」とあるように、東海道が北に上る富士の名所を描き、三宝荒神という伊勢参りのスタイルで馬の背に揺られる三人の子供の旅姿を見せています。『東海道名所図会』は、「吉原」より「巻之五」に変わって、「冨士山」の解説に頁の多くを割いています。もちろん、なかに「左富士」について触れた箇所もあります。ちなみに、都良香(みやこのよしか)『冨士記』(ふじのき)からの興味深い引用もここにありますが、次の「原」にて検討します。

|

« 「蒲原」 歌川国芳 遠州屋又兵衛 | トップページ | 「原」 歌川広重 伊場屋仙三郎 »

東海道五十三次」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/197953/58456032

この記事へのトラックバック一覧です: 「吉原」 歌川国芳 伊場屋仙三郎:

« 「蒲原」 歌川国芳 遠州屋又兵衛 | トップページ | 「原」 歌川広重 伊場屋仙三郎 »