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「水口」 歌川国芳 伊場屋久兵衛

51_new 「昔 高嶋といふ所に百姓の娘大井子(おほゐこ)といふ大力の女あり。力ある事を恥て 常にハ出さず。農業の間にハ馬を牽 旅人(りょじん)を乗て活業(なりわい)とす。折節 田に水をまかする頃 村人大井子と水の事を論じ 女と侮り 彼が田へ水のかゝらぬやうにせしかバ 大井子憤りて ある夜六七尺四方なる石を持来り かの水口(みずくち)に置けり。夜明て村人おどろき数人にて取んとすれど 中々動ず悩しに 大井子が仕業ときゝ 詮方なく種々(いろいろ)侘びけるゆへ 彼大石をかるがると引退(ひきの)けり。大力におそれて水論ハ止けるとぞ。今に此地に水口石(ミなくちいし)とて残りける也。」

 詞書きは、『古今著聞集 巻第十』(建長6・1254年)に収められた逸話です。「近江のおかね」と並ぶ怪力の女性「近江の大井子」の話に国芳はかなり引きつけられたようで、もともとは鎌倉時代の説話であったものが、『東海道五十三對』と同時期には『賢女烈婦傳』で、嘉永期には『木曾街道六十九次の内 岩村田』にも画題として使われています。国芳好みの健康的な女性像ですが、他方で、表向き艶をあまり感じさせず、天保の改革直後ということを考えると美人画の規制を潜り抜けるには最適な人物設定でもあります。

 水口は、宿場の馬子の生活に材を得た、歌舞伎『重の井の子別れ』(『カブキ101物語』120頁参照)の舞台であったことを思い起こせば、その荒々しい気風と大井子の話とは風土において一致しています。

*保永堂版東海道「水口」では、「名物干瓢」と題して女性達が干瓢を作る様子が描かれています。偶然でしょうか、本作品と同じく、働く女性が画題となっています。

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