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「原」 歌川広重 伊場屋仙三郎

(竹取物語 かぐや姫 竹取の翁)

142_new「東海道五十三驛の内 冨士山の眺望ハ此宿のわたりを第一とす。其図は普く世にふりたれバ こヽに圖するハふじ山と名付る紀元(はじめ)なり。竹取の翁が娘赫奕姫(かくやひめ)ハ美顔雪肌(びがんせつき)の麗人なれバ 後宮に入内せよと数度の勅宣あれども 是にしたがひ奉らず。不死の薬と一封の文をさヽげて上天(しやうてん)しける。御門 御なげきのあまりくだんの文と不死の薬をするがの國なる高き山の嶺(みね)にすてさせたまふより この山をふしの山とぞよひなしけるとなん。」


 広重は、「原」宿を東海道中、富士山の眺望第一として、富士山命名の由来を詞書きとして掲載しています。これは、『東海道名所図会 巻之五』が「冨士山」の項において、『竹取物語』「登天段」(とうてんのだん)を紹介しているので、それに従ったと考えられます。絵も同図会「竹取翁赫奕姫」と題する図版を明らかに参考にしています。なお、同図会が引用する『竹取物語』には、かぐや姫が天の羽衣を着て天に昇る様が記されています。このことからも、三保の松原の羽衣伝説が天女・仙女の話であることが判ります。

 また、『東海道名所図会』は、都良香『冨士記』を引用し、「仰ぎて山の峯を観るに白衣の美人二人有り 山の嶺(いただき)の上に雙び舞う。嶺を去ること一尺余 土人共に見きと 古老伝えて云う。」「山に神有り。浅間大神(せんげんおおかみ)と名づく。」と伝えています。つまり、古来より、人々が富士の頂には天女が住し、浅間大神がいると考えて(見て)いたと認識することが大事です。それ故、たとえば、北斎の『冨嶽三十六景』など、富士を描く浮世絵を見る際には、富士に天、神の世界を重ねて見ていかなければなりません。

*保永堂版東海道「原」は、副題を「朝之富士」としています。「原」は富士の眺望第一の名所ですから、これが本来の作品の姿と思われます。『東海道名所図会』にも「朝之富士」に似た図版があることはありますが、富士の頂が絵の枠からはみ出ている技法は、天に通じる富士を表現する広重流の考案です。二羽の鶴も富士信仰から読みとることができます。これに、忠臣蔵八段目の戸無瀬と小浪の旅姿を重ねていることは、つとに指摘されているところです。

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