« 「吉田」 歌川三代豊国 伊勢屋市兵衛 | トップページ | 「白須賀」 歌川広重 伊場屋仙三郎 »

「二川」 歌川広重(戯筆) 伊場屋久兵衛

(膝栗毛三編下に曰 弥二 北八)

34_new娘「ひざくり毛ハ いくどミてもおかしいねェ。いまよんでいるところハ ふた川だがね これより前の干物をミて ゆうれいだとおもつてこわがるところがおかしかつたよ。」「何 そこをよんできかせろとかへ。そんなら マァ下のゑを御らんな。あのとほりだよ。」

膝栗毛三編下に曰

こハこハあまどをあけたところが なにかにハのすミにしろいものがふハふハ 北八きやつといつてたをれる。

弥二「ヤァどうしたどうした」
北八「どうした所かあれを見なせへ」
弥二「あれとハ」
北八「しろいものが立つていらァ」
弥二「どれどれ」ト ふるへながらそつとのぞき これもきやつといつてたをれる。このさわぎにかつてよりていしゆかけいで
ていしゆ「ヤレどうなさいました」
北八「イヤ小べんにいつた所が あそこに何かしろいものがいやした。」
ていしゆ「イヤあれハ せんたく物をわすれたのでございます。」


 『東海道名所図会 巻之三』の「三河 二川」には、保永堂版東海道「二川」に使われた「猿ヶ馬場」を除いて、画題となるような記述はありません。そのためか、広重は、十返舎一九の『東海道中膝栗毛』を詞書きに引用し、宣伝も兼ねて作品を創作しています。

 上部の女性の持つ本には、「程なくふた川の駅(につく。此ところ家毎に) 強めしをあきなふ(見れば) 名物はいはねど(しるきこわめしや)これや重箱のふた川の宿 両側の茶屋ごとに (旅人を見かけて呼たつる)」と四編上が読みとれます。しかし、下部の絵は、「二川」ではなくて、「膝栗毛三編下に曰」とあるように、「濱松」でのできごとを描いています。襦袢を幽霊と見誤った有名な箇所ではありますが、ややこじつけ気味です。おそらく、「戯筆」という自虐的表現もそこから来ているのでしょう(後掲「見附」参照)。作品は、「弥二」「北八」の二人が腰を抜かして縁側から落ちている情景です。

*保永堂版東海道「二川」は、「猿ヶ馬場」の茶屋にあった名物の柏餅と旅の途中の瞽女とを組み合わせたものですが、瞽女と「二川」とには深い関係はありません。先行して出版された北斎作品などの影響かと思われます。

|

« 「吉田」 歌川三代豊国 伊勢屋市兵衛 | トップページ | 「白須賀」 歌川広重 伊場屋仙三郎 »

東海道五十三次」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/197953/58432996

この記事へのトラックバック一覧です: 「二川」 歌川広重(戯筆) 伊場屋久兵衛:

« 「吉田」 歌川三代豊国 伊勢屋市兵衛 | トップページ | 「白須賀」 歌川広重 伊場屋仙三郎 »