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「岡崎」 歌川広重 伊場屋九兵衛

(浄瑠璃姫)

39_new「矢矧の宿(やはぎのしゅく)

古(いにしえ)の駅宿(ゑきじゅく)なり。昔 牛若丸奥州下向の折から 爰に逗留ある。矢矧の長者か娘浄瑠璃姫に深(ふかく)思れ 比翼の契浅からざりしが 望有身と旅路に赴く。姫は別れを惜しみつゝ 遂に館を忍び出 あとをしたひてたどりしが 道にてはからずむなしく成りける。この姫いまた世にある時 十二段の物語に音節付て諷(しらべ)ける。是浄瑠璃の初なり。今 西矢矧村に其塚有。」


 おそらく矢矧橋をシルエットに書かれた本作品の詞書きは、『東海道名所図会 巻之三』の「矢矧宿」および「浄瑠璃姫墳(つか)」の項目を参照しています。『東海道名所図会 巻之四』の「駿河 蒲原」にも同趣旨の話が掲載されていますので、詳細はそこで再び触れる予定です。「浄瑠璃姫墳」の文章によれば、「平家の盛衰を十二段に作り諷う」とあり、これが「今の世の浄瑠璃の始めなり」と記されています。

 下部の絵は、辺りを憚りながら義経を追って館から出ていこうとする浄瑠璃姫と菅笠を手渡す女中でしょうか。姫は旅姿には程遠い振り袖ですが、ここが浄瑠璃・歌舞伎仕立ての趣向部分です。また、義経人気を作品に取り込む工夫でもあります。さらに、このような華やかな仕立ては、美人画隠しの疑惑をも感じざるをえません。あえて、黄色の短冊に「浄瑠璃姫」と書き入れてあるのも、美人画ではなく、浄瑠璃姫の伝説を語る作品ですよという、広重の配慮と見るべきでしょう。

*保永堂版東海道「岡崎」は、『東海道名所図会 巻之三』の「矢矧橋」の図版を使用しています。同図会にあるとおり、「東海道第一の長橋なり」ということなので、名所絵の題材には最適です。

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