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「土山」 歌川国芳 伊勢屋市兵衛

50_new 「延暦年中 奥州安部高丸 天命に叛(そむき)しかハ 田村将軍追討として 駿州清見が関まで赴(おもむ)きしが こゝに合戦の時清水観音霊験の事あり。又 鈴鹿山鬼神退治の時も観音の功力にて婦女とけし 田村を導き是を討しむ。その眷属どもに数多(あまた)矢を放ち給ひ 残らず悪鬼を亡すなり。」


 『東海道名所図会 巻之二』には、「土山 田村明神社」の一図があり、祭神として「中央将軍田村麿」との文章があり、また上に読んだ、前半の清水観音の霊験については、同図会に全く同じ文章が記されています。さらに、同図会には、鈴鹿の鬼退治を描く一図があって、そこには、「田村将軍 鈴鹿の鬼神退治のことは実記あらざれども 久しく世の人口に膾炙すること これ観音の仏力なり。」「観音の千の矢さきが雨となり酒ともなりて鬼殺しなり。 籬島」との書き入れがあります。したがって、上の『東海道五十三對』の詞書きは、同図会から採ったことが推測されます。

 国芳の作品は、上部左隅に観音を配し、その霊力が下部中央の鈴鹿御前に及んでいることを示しています。まさに化身ということですが、その霊力によって力を押さえられた鬼を抜刀した坂上田村麿が退治しようとする構図です。国芳の本領発揮の作品です。

 このような伝説が土山の田村神社にあるとすれば、広重の保永堂版東海道の「土山 春之雨」を雨の中、大名一行が田村川の板橋を渡る単純な情景と見るのは間違いであることが判ります。雨に隠された背後の森は、田村神社の境内に繋がるものですし、同図会「観音の千の矢さきが雨となり…鬼殺しなり」という言葉を考えれば、観音の霊験を示す鬼退治の雨でもあるわけです。一方、節分の豆まき→鬼退治→立春と考えれば、副題「春之雨」の意味も理解されましょう。

*保永堂版東海道「土山」については、本文に述べたとおり、田村明神の雨と解すべきでしょう。

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