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「神奈川」 歌川三代豊国 遠州屋又兵衛

(姥島のげ村)

04_new「神奈川の驛 浦島づか

雄略天皇の御時 丹後国に浦島子といふあり。ある日独小舟に乗りて海上に釣りし時 霊龜顕れ 波の龜に乗り龍の都へ至りぬ。日を送りて家に帰らんと思ひ 此事を神女に告けれハ 神女別れを恋慕ふといへとも止らず。終に別れとなり かたみに玉筺をもらひて喜び古郷へ帰りしに 数百歳を経て 七とせの孫に逢ひしとかや。」


 『東海道名所図会 巻之六』「武蔵 神奈川」に「駅の北の端に浦島寺といふあり。本尊正観音 浦島が守仏といふ。」とあります。そして、浦島が竜宮より帰って、箱根山で玉手箱を開き、老翁となって、ここで親の廟所を見付け、この地に止まったのが寺(観福寿寺)の始まりと記されています。このような縁から、詞書きは、浦島太郎伝説を採り上げています。

 三代豊国の絵では、美人が釣りを楽しんでいますが、保永堂版東海道「神奈川 臺之景」には魚釣りの小舟が浮かんでいることを考えれば、その行楽姿をスケールアップしたことが判ります。もちろん、美人画を描く隠れた意図があることは明らかです。亀の模様を染めた着物と手拭いを描いているのは、詞書きの浦島太郎伝説を受けてです。この美人は、海老で鯛を釣ろうとしているのでしょうか、それとも、海老が掛かってしまったのでしょうか。海老を老翁となった浦島と考えると、「のげ村」で海老が捕れるのも浦島の因縁かもしれません。さらには、美人には乙姫が、海老には浦島が仮託されていると考えることもできます。

 丹後出身の浦島ゆかりの塚が武蔵国神奈川にあるというのは不思議ですが、共に海と観音信仰で繋がることを考案すると、海部族の影響を示す伝説かと思われます。

*保永堂版東海道「神奈川」は副題「臺之景」とあります。これは『東海道名所図会』に「神奈川臺とて風景の勝地にして申酉(西南)の方に富士山見ゆる」と記されているのに対応しています。

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