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補説2 複数の絵師と版元による合同制作

 『東海道五十三對』シリーズの作品数を問題とします。その際、「戸塚」は1点と数えた場合、「国芳画」と書かれた作品数が30点、「広重画」「広重戯筆」「広重写」と書かれた作品数22点、「(三代)豊国画」と書かれた作品8点となっています。広重と三代豊国の作品数が合計30点となっているところを勘案すると、国芳と広重・三代豊国で30点ずつ折半して制作したことが推測されます。広重と三代豊国とは良好な関係を築いていましたから、両者を足すことに問題はないと思われます。

 さらに、国芳が版元伊場屋仙三郎から『東海道五十三對』以外にも多くの作品を版行している事実を重ね合わせると、国芳・伊場仙コンビが企画の出発点にあったことは間違いないでしょう。しかも、国芳のパトロンとも言われる狂歌師梅屋鶴寿が多くの狂歌を提供していることも、国芳側が主導権を持っていたことの傍証となります。

 『東海道五十三對』シリーズの版元毎の作品数を見てみると、以下のようになります。

 ①伊場屋仙三郎 16図
 ②伊場屋久兵衛 11図
 ③遠州屋又兵衛 11図
 ④伊勢屋市兵衛  8図
 ⑤小嶋屋重兵衛  7図
 ⑥海老屋林之助  6図

 東海道の起点の「日本橋」を伊場屋仙三郎が担当していることを勘案すると、やはり伊場仙が企画の中心いたことが想像されます。ちなみに、「京」は伊場屋久兵衛で、その数も二番目に多いことから、「伊場屋」両者の連携で推進されたとも言えましょう。総括すれば、国芳・伊場仙コンビが企画を主導したことが伺えます。

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