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四十八 大久手 一ツ家老婆

版元:八幡屋作次郎 年代:嘉永5(1852)年7月 彫師:多吉


Kn48  「一ツ家」の話は、以下のとおりです。すなわち、用明天皇の時代、浅草浅茅ヶ原と呼ばれる地に、旅人達を泊める一軒のあばら家があったそうです。じつは、この家の老婆は旅人を泊め、石枕で殺害し、金品を奪っていました。千人目の旅人は稚児で、その稚児を殺したところ、その老婆の娘が身代わりとなっていたそうです。老婆は、悲嘆して「姥が池」に身を投げました。以上は、稚児が浅草寺の観音菩薩の化身であったという観音霊験譚が骨子となっています。

 国芳作品は、老婆が吊った石を石枕に寝る旅人の頭に落とすためその綱を斬ろうとし、娘が止める場面を描いていて、悲惨な結末は避けたようです。背後に千手観音が薄く見えています。前掲番付目録『これが江戸錦繪合』では、「小結 朧画見立共 大極上々吉」と自画自賛しています。浅草観音は千手観音ではありませんが、「大久手」に掛けて「多くの手」を意識させる趣向です。標題の周りは、浅草名物「とんだりはねたり」という玩具が取り囲んでいます。

Kom48  コマ絵の形は単純な長方形と見え、一ツ家老婆の石枕伝説に因んで、石枕あるいは石その物の意匠と想像したのですが、四ヶ所に切れ込みのような線が入っているところをみると、平木浮世絵美術館資料の言うように、浅草観音に合わせて「卍」のデザインと思われます。英泉・広重版木曽街道の「大久手」は、「ほろ岩」辺りの風景を描いています。国芳のコマ絵は、大湫の宿場から次の宿場「細久手」方向を見ているのではないでしょうか。

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