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四十二 三戸野 美止野小太郎

版元:湊屋小兵衛 年代:嘉永5(1852)年6月 彫師:朝仙


Kn42  地名の「三戸野」に掛けて、「美止野小太郎」を画題としていますが、江戸中村座・嘉永4(1851)年4月の歌舞伎『世界花小栗外伝』などでは、漁師浪七実は「美戸小太郎」と呼ばれています。外題からも判るように、小栗判官と照手姫を主人公とする、小林繁作・葛飾北斎画の読本『小栗外伝』(文化10・1813年)から生まれ、人形浄瑠璃・歌舞伎に導入された話が、当該作品制作の動機になっていると思われます。(小栗判官と照手姫については、『東海道名所図会』の説明が引用された、歌川国芳『東海道五十三對 藤澤』の詞書きを参照。)なお、作品番号について、平木浮世絵美術館所蔵は「四十一」、中山道広重美術館所蔵は「四十二」となっています。前者を前提にするならば作品番号四十一は、四十二の誤りです。後者を前提にするならば、訂正の必要はありませんが、後者は墨で書き加えられているように見えます。制作数から判断しても、後摺で訂正した可能性は少ないように思います。

 「美止野小太郎」は、平木浮世絵美術館資料によれば、小栗判官の家臣で、照手姫を東国に送る途中、追っ手と戦い姫とはぐれてしまい、下総那須原に至ります。古寺に一夜の宿を求めたところ、そこは山賊達の住処で、小太郎はそれらの山賊を一人で退治します。国芳作品は、古寺で賊達と斬り合っている場面を描き、山賊が化けていた鬼の面が背後に見えます。標題の周りは、古寺の仏具と山賊の道具で囲まれています。

Kom42  コマ絵は、古寺の木魚の意匠です。三留野から野尻の間は、『木曽路名所図会』巻之三には、木曽の桟と言われる、切り立った崖を渡る難路が続くとありますが、英泉・広重版木曽街道の「三渡野」は、木曽川両岸に展開していたのどかな田園風景を描いています。コマ絵も同様の趣向で宿場周辺を遠望していると思われます。次の「妻籠」と同様、北から南方向をを見ています。

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