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卅八 福島 浦嶋太郎

版元:井筒屋庄吉 年代:嘉永5(1852)年5月


Kn38 次の宿場「上松」近くの木曽川に「寝覚めの床」と言われる岩場があり、『木曽路名所図会』巻之三によれば、「浦島が釣をすれし所という俗説あり」と記述され、さらに、浦島に関して日本書紀などに記載はあるけれども、この地に至ったという文言は見えないとしています。ただし、この地が木曽街道中の名所であることは間違いありません。国芳は、「福島」と「浦嶋」とを掛けて、前倒しして、ここで浦島太郎伝説を画題としたようです。なお、作品番号卅七は、卅八の誤りです。

 作品は、釣り竿を持つ浦島が、亀の気によって映し出された竜宮城を夢見しているところで、東海道四日市あるいは桑名にあった蛤の気による蜃気楼伝説と同種のものと考えられます。描かれる亀は海亀ではなく陸亀ですから、木曽川の「寝覚めの床」が場所として想定されています。作品卅四の「武内宿祢」が、やはり、浦島のモデルであるという見解もあります。山中の木曽川と海での浦島とは一見無関係のようですが、木曽川が伊勢湾に流れ込むことを考えれば、繋がりは否定できません。塩土老翁(山幸彦あるいは神武東征を助けた者)、武内宿祢(蘇我氏の祖、応神の補佐)、浦島太郎(亀を助ける)には、補弼する老人という共通性があって、相互に深い関係がありそうです…。なお、標題の周りは、浦島の釣り道具で囲まれています。

Kom38  コマ絵の形は、画中に描かれていた亀と考えら、頭を左にしています。。英泉・広重版木曽街道の「福島」は関所の西側からの情景を描いていますが、国芳は、さらに離れた所からの関山の風景ではないかと思われます。街道の両側から山が迫る特徴がよく出ています。なお、『木曽路名所図会』巻之三にも「福島関隘」と題する図版があり、「遠州荒井の如し」とも記述されています。

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